第三章  父親の想い

「よかったな、太一!」
健吾は本当に嬉しかった。
しかも、普段ほとんど会話もしない父親の栄一が、一肌脱いでくれたことが余計嬉しかった。
「うん」
太一は下を向いて、ただ頷くだけだったが、泣いているようだった。
一緒にいた佳代が下から、太一の顔を覗いたら、
「何を見ているんだよ!」
怒った口ぶりで言ったが、その声が震えていた。
「太一君、ごめんね!わたしをかばってくれたために、こんなことになって」
めったに喋らない佳代が精一杯口を開いた。
「いいんだよう!そんなこと」
ふたりの様子を見て、健吾は胸が熱くなった。
健吾にとって、幼稚園の時、服部先生と物置の中で、お話をしたときにミルクの香りがして、胸に何か込み上げるような感覚を持ったとき以来の経験だった。
あの時は、暖かい感じのものだったが、今度は熱いものだった。
「俺、これから良い子になるよ」
小さな声で太一がぼそっと二人に言った。
「太一、そんなことしなくたっていいよ。今までの太一でいいんだ」
「そうよ、今までの太一君でいいの。わたしに対しても乱暴な太一君でいいの」
二人は、本当にそう思って言った。
「うん、だけどお母ちゃんが・・・・」
「何だよ?お前のお母ちゃんがどうかしたのか?」
「お母ちゃんが働いている会社がさ、おれが乱暴した奴の親父のところなんだ。それで、辞めさせられたんだ」
太一の家は、父親が病気で早死にした。
それ以来母親が働いて、六人の子供たちを育てるのが精一杯で、高校にも行かせてやることが出来ない経済状態だった。
必然、子供たちはぐれていった。その中の末子で育った太一も影響を受けて、乱暴を働く子になっていた。
そしてまだ太一の上に三人の子供が小学校と中学校に通っていたので、母親は身を粉にして働いて一家を支えてきた。だから、躾をきっちりとしてやる余裕などなかった。
貧困は人間のみならず、社会や国家をもぐれさせるものだ。
「今の日本は、本当にぐれてしまいましたね」
栄一は大野武吉にパーティー会場で言った。
「そうですね、世界一の治安の良さを誇っていたこの日本が、今や犯罪件数の多さではアメリカに次ぐ国家になり下がった。しかも最近のアメリカは治安が良くなってきているのに、この国はどんどん悪くなっている状況にある。これは我々政治家の責任です。
ところで、この前の件は、垣内さんの機転の良さのお陰で無事一件落着したそうですね。佳代も随分性格が明るくなって感謝しています、ありがとう」
武吉は栄一に頭を下げた。
「とんでもないです。大野さんが、お立場も気にされずに堂々と佳代ちゃんの父親として名乗られた勇気に私は敬服いたしました」
栄一も真摯にそう思ったことを武吉に言った。
「いや、敬服されるなんてとんでもない。自分の失態をさらけ出しただけです。それより、佳代から聞いたのですが、太一君のお母さんが、そのお陰で職を失われたそうですね?」
栄一は、そのことを聞いていなかった。
「ええ!本当ですか?わたしは健吾から聞いていませんでした」
栄一に、その時後悔の念が少し湧いていた。
「日頃、ほとんど相手にしてやらない結果だな」
栄一は決して子供を相手にすることを嫌がったり、面倒だと思っていたからではない。父親とは、スキンシップよりも父親として立派な生き様を見せてやることが一番の躾だと思っていた。そのためには子から嫌われてもいい、憎まれてもいい、それで子供が道理の分かる人間に育ってくれれば、父親の責任は充分に果たせていると思っていた。
しかし、所詮は七才の子供だ。
父親とキャッチボールをしたりして遊びたいときもある。
栄一の家庭で、そういう光景を誰も見たことがない。
栄一の心は揺れた。
「そうですか、ご存知なかったのですか?」
それから一週間が過ぎた。
太一が嬉しそうな顔をして健吾のところに来た。
「お母ちゃんの新しい仕事が見つかったんだ!」
健吾は、それを聞いて自分のことのように喜んだ。
栄一の子会社に勤めることになったことは、ふたりとも勿論知らなかった。
職業というものにも、それぞれの特性があり、それによって使命もある。
特性と使命は違っても、卑しい職業など、この世に一つもない。
ただその特性が、徳性を強く持ったものは崇高な使命を持つ職業であり、それを聖職と言われてきた。
昔は学校の先生といえば、お寺の住職や神社の神主と同じぐらい人格者と思われていた。
しかし、最近の日本では、学校の教師はおよそ聖職者として尊敬される職業ではなくなってしまった。
お寺の住職も、神社の神主も完全に形骸化した宗教の中でぬくぬくと生きている。
聖職というものがまったくなくなってしまった社会は、必然的に退廃する。
学校の先生の中でも、高校や中学の先生になりたいと思う者は少ない。理由は非行少年の巣窟が中学校や高校であるからだ。
まだ小学生であれば、大人と子供の差が歴然とある。
だから、小学校には昔の聖職者精神を持った先生が中にはいる。
しかし、一方でどうしようも無い先生も必ずいる。
工藤先生がその類だ。
音楽を専門とする先生だから、いくら小学生の授業がまだまだ楽なものだと言っても、担任教師になると、すべての学科を教えなければならないので、それが重荷なのだ。
音楽の授業の時だけ、ピアノを弾いて得意満面なのだ。
小学校の先生は音楽の授業でピアノも弾かなければならないし、なかなか大変な職業である。
当然、先生の差が大きく出てくる。特に悪い先生のクラスに入った生徒は悲劇だ。
そういった観点から日本の教育の在り方を俯瞰すると、大学と小学校が青少年教育の鍵を握っているように思われる。そして幼稚園が小学校への入り口として非常に重要なものになる。
幼稚園は小学校への予備校のような存在になってしまって、以前のような自由闊達な場所でなくなってきている。
二年保育や三年保育といって、親たちは競って幼稚園のときから競争意識を剥き出しにしているし、また幼稚園側も親たちの心理を察知して、上手く商売にしている。
現在の日本の非行少年の巣窟が幼稚園にあり、その原因が親たちにあることは否定できない。
子供にとって、この世で最初に出会う母親の質の低下、そして幼稚園の商業主義によって、小学校に入る前に既に子供たちはまっすぐな道から逸れてしまって、そのまま小学校、中学校と逸れていくのだからまともな青年に育つはずがない。
農作物の生産が農薬と化学肥料で行われている現代では、農作物は見た目はみんな同じ形をしており、すくすくと大きく育ち、虫に食われないようにされている。
ところが、その中身たるや癌細胞生産のための強烈な触媒になっている。
昔の農作物は、自然の畑の地力と生物肥料つまり肥やしで畑を維持し、そこに自然の種を蒔くため、成長した作物は形もばらばらで見た目もよくないし、それほど大きくはないが、癌細胞生産の触媒要素は一切なかった。
幼稚園から小学校、中学校という段階で既に人間社会の癌の原因が作られてしまっている。
それが親たちと商業主義の学校という化学肥料と農薬という毒物である。これらの毒物に汚染された子供たちは、農作物と同じで見た目は均整がとれて大きいが、実は癌細胞をつくる原因を内包しているのだ。
幼稚園、小学校が化学肥料をばらまき、大学で農薬をばらまかれて社会に出る青年たちは、すでに脳味噌が癌細胞に侵されている。
化学肥料や農薬を使わない先生が幼稚園、小学校、大学にほとんどいない現状は、癌患者になっていく社会の大きな原因を作っている。
それだけ、親と先生の資質の差が国の将来を左右するほど重要な問題であるのだ。
洗足小学校。健吾が通っている小学校だ。
この地域は東京都内でも有数の高級住宅地で、お金持ちの家の子供が多い。
お金持ちの家の子供は、私立小学校に行くケースが多いのだが、健吾は両親の方針で一般の小学校に入った。
佳代も大野代議士の子だが、やはり特別扱いをしない親の方針だったらしい。
太一のような家庭の子供は私立小学校にはまずいない。
しかし、私立小学校にうじょうじょいる七、八才でプライドを持ったお化けのような子供よりは、太一のような乱暴者の方がましだ。
「わたしのお父さんは何々会社の社長をやってんのよ」
「僕のママは何々大学を出ているんだ」
七、八才の子供がこんな会話をしていると考えるだけで鳥肌がたつ。
そう言えば、大阪であった小学校生徒大量殺人事件の学校も進学校で金持ちが多いので有名だった。余りの生徒の不遜さに周辺地域の一部住民からは、「罰が当たったんや!」と言う声が聞こえるらしい。
興隆寺幼稚園も一般家庭の子供たちが行く幼稚園で、二年保育や三年保育などはなく、一年だけである。
他の幼稚園は三年保育が普通で毎朝送迎バスが迎えに来る所で母親たちがたむろしている光景は、まさにファッションショーで、朝の子供の送りだけで化粧をするやら、何処へこれから出かけるのかと思うようないでたちである。
「こんな幼稚園によく三年も行けるもんだ」
と健吾は驚嘆していた。
その点、興隆寺幼稚園は近所にあるので、送迎バスもなく、園児だけで並んで歩いて通っていた。
健吾は前から心に引っかかっていたことがあった。
小学校に入ってから、興隆寺幼稚園が近くにあるにも拘らず、退園させられた時はあれだけ毎日行っていたのに、小学校に入ったら急に疎遠になった自分に常に嫌悪感を抱いていたのである。
服部先生にほのかな気持ちを持っていたのも、小学校に入ったら失せてしまって、毎日の学校生活に埋没していることに、まだ七才ゆえ理由は判らなかったが、自己嫌悪に陥っていた。
「どうしてこんな気持ちになるのだろう、他の友達はどう思っているんだろう」
健吾は考えたが、わからなくなって服部先生のところに久しぶりに行ってみた。
幼稚園の門を一年半ぶりにくぐると、健吾が一番気に入っていたピンク色の服装の服部先生が立っていた。
「ああ、服部先生!」
健吾がびっくりして叫ぶと、
「さっき、門の前を通り過ぎる健吾君がこちらの方を覗いていたような気がして待ってたのよ」
敦子に言われて、今まで忘れていた先生への想いが急に蘇った。
「どうかしたの?学校で何かあったの?」
心配そうに聞く服部先生に対して健吾はまた自己嫌悪に陥ったが、それを表現するにはまだ無理な健吾だった。
「服部先生に会いたくなったから・・・」
と言って健吾は黙ってしまった。
敦子もまだ人間の嫌な面と正面対決した経験が少ないから、健吾の気持ちを察してやることが出来なかった。
「そう、それじゃ久しぶりにお話しましょう」
と敦子は言った。
健吾は敦子に何かを言って欲しかったが、その何かが分からないジレンマにいらいらした。
敦子も健吾の微妙な気持ちを理解できずに困っていた。
結局、ほとんど言葉も交わすことなく、ただブランコにふたりは座っているだけだった。
「服部先生、僕帰ります」
「そう、またいらっしゃい」
と言ってふたりは門の前で別れた。