第一章  いじめっ子・いじめられっ子

あれだけ嫌な幼稚園であったのに、小学校に入学すると健吾は、違和感なく毎日楽しい日々を過ごせた。
幼稚園のときは、園児がみんな同じ顔に見えて、自分と同じ人間だと思えなかった。
だから幼稚園に半年は通っていたが、同じ園児の顔が全然思いだせないのだ。
ところが、小学校に入ると、みんな、それぞれ個性がある。
特に必ずいるのが、腕白小僧だ。
健吾は腕白小僧ではなかったが、同じクラスに、体の大きな、いかにも悪そうな顔をした少年がいた。
谷山太一という腕白小僧は、学校でも手を焼いていたほど悪い少年だった。
最初のクラス分けで、健吾と太一は同じクラスになった。
そして席決めで、太一の横に、いじめられっ子の女の子が座ることになったのだ。
「山田先生、俺、こんな奴の横なんていやだ!」
太一は、平気な顔して言った。
「そんなことを言っても駄目です。言う通りにしなさい」
と山田先生は強い口調で太一をにらんだ。
ぶつぶつ言っている太一を見て、健吾が手を上げて言った。
「先生!僕、代わってもいいです」
いじめられっ子の女の子は大野佳代という名前で、健吾には全然見知らぬ子だった。確かに暗い感じの寡黙な女の子で、いかにもいじめられやすい雰囲気を持っていた。
健吾の言葉で、山田先生が許可もしていないのに、太一は健吾のところに来て、席を代わろうとした。
その太一の態度に、山田先生は戸惑って、どうしていいのか分からなかった。
山田先生も、大学を出たばかりの新米の先生で、まだ子供たちの扱い方を知らない。
「先生、いいでしょう」と健吾が言って、太一の席に移ろうとした。
太一が勝手に代わろうとしたことに、若い山田先生は反発を感じたが、健吾の自然な態度には、何も言わなかった。
佳代の隣の席に座った健吾は、佳代に向かって笑った。
佳代も安心したような表情をして笑った。
「健吾、お前、あいつのこと好きなのか?」
授業の合間の休み時間、太一は健吾に言った。
「別に好きでもないけど、かわいそうじゃんか」
「ふんん・・・」と言って太一は首をかしげていた。
「こいつは、自分のやったことを悪いと思っていない、何てばかな奴なんだ」
健吾が、生まれてはじめて人を軽蔑した記憶を頭に刻み込んだ瞬間だった。
しかし、太一の乱暴の嵐は日々続き、生徒の中には、登校拒否症に陥る子供たちが続出した。
山田先生は、服部先生とは違って、控え目な性格だから、太一の扱いに困り果てていた。
「服部先生だったら、僕を物置に閉じ込めたようなことをするだろうな」と健吾は思った。
あまりに登校拒否をする生徒が多くなって、とうとう親たちが教頭先生のところに抗議にやって来た。
山田先生が、ますます微妙な立場になっているのを健吾は分かっていた。
学校の帰りに、健吾は敦子の意見を聞くために興隆寺幼稚園に立ち寄った。
「そんな困った子がいるの?その山田先生も気の毒ね。わたしだったら健吾君にしたことと同じことをするわね」
健吾は、この言葉を聞きたかったために、幼稚園に行ったのだ。
健吾は意を強くして、あることを決断した。
「太一、お前、山田先生のこと嫌いなのか?」
健吾が休み時間に太一を呼びだして聞いた。
太一は腕白だが、健吾には一目置いていたから、呼びだされてもおとなしくついてきた。
「好きだよ、俺、山田先生のこと。だって優しいじゃんかよお」
「それなら、あまり山田先生の困ることをするなよ!」
健吾の迫力にさすがの太一も、たじろいだ。
「何で、俺が山田先生を困らせることをやったんだ?」
子供なりに、精一杯、健吾は、山田先生のことを太一に説明してやった。
聞いていた太一は黙って下を向いていたが、急に泣きだした。
「わかったよ!俺、先生のために、いたずらするのやめる」
素直に言う太一のことを健吾は好きになった。
それが、その後二人の友情へと発展していくのだった。
太一の腕白ぶりが収まってから半年経った頃、急に山田先生が、川端先生という名前に変わった。
小学一年生の子供では、何故か分からなかった。
健吾は家に帰って母親の春子に聞いた。
「それは、たぶん山田先生が川端さんという人のお嫁さんになったからだと思うわ」
「ふうん、お嫁さんになると名前が変わるの?」
と不思議がる健吾に、
「健吾ちゃんは男の子だから、お嫁さんをもらっても名前は変わらないの」
と春子が言うと、
「それじゃ、お母さんも名前が変わったの?」
と健吾が春子に聞いた。
「そうよ、お母さんが、お父さんのお嫁さんになる前は、宇都宮春子という名前だったのよ」
「宇都宮から垣内に変わるだけで、春子は変わらないの?」
健吾は、まだすっきりしないので聞いてみた。
「そう、春子という名前は変わらないわよ」
「変だなあ」
と納得がいかない様子の健吾を見ながら春子は笑って言った。
「もう少し、健吾ちゃんが大きくなったら分かるわ」