神はすぐ傍
はじめに

「神はすぐ傍」Part(III)の「神はすぐ傍」終りで、こう締めくくりました。
・・・・・・・・・・・・どうしても、「神」という名のタイトルは、わたしの全作品のテーマからして、受け入れ難いものです。
しかし、現代世相を俯瞰してみますと、神をただ否定するだけでは、人間社会は、もう収拾がつかないところまでやって来ているように思えてなりません。
これだけ多くの旧来宗教、及び新興宗教が乱立する中で、至難の技のような気がしますが、旧来の神という言葉からイメージするものとは、まったく違うコンセプトを、もう一度、神という言葉で置き換えることは出来ないものでしょうか・・・・・・・。
「神はすぐ傍」Part(I)からPart(III)までは、飽くまで、時間を神として論じてきましたが、結局は、時間を神として扱う以外の方法は見出せませんでした。
そして、あれから8年以上の歳月が経ちました。
その間に、筆者の考えも根本のところでは変わりはないのですが、表現方法は大きく変わりました。
そして今では、時間は2種類あることに気づいたのです。
「遍在するもの」という神の絶対条件からすれば、神が2種類あるということは、「偏在するもの」になるわけですから、宗教者からすればとうてい容認できないでしょう。
しかし、時間は間違いなく2種類ある。
本作品を書き終える時には、タイトルである「神はすぐ傍」を「神はほど遠い」と変えなければならないかもしれないという覚悟で、書きはじめることにした次第です。

平成二十三年一月元日  新 田  論


Chapter 1 時間の概念は星によって違う
Chapter 2 時間の概念は人によって違う
Chapter 3 2種類の寿命
Chapter 4 運命的寿命 & 宿命的寿命
Chapter 5 運命的寿命を全うできない人類
Chapter 6 2種類の神を乱用する人類
Chapter 7 哲学の凋落を惹き起こした科学の欺瞞
Chapter 8 神の一撃=唯一の力が時間の生みの親?
Chapter 9 時間の誕生
Chapter 10 運命的(公転)寿命の誕生
Chapter 11 宿命的(自転)寿命の誕生
Chapter 12 星と人間
Chapter 13 2種類の時間
Chapter 14 三の法則
Chapter 15 わかる世界 & わからない世界
Chapter 16 わかる=わからない & わからない=わかる
Chapter 17 33.333%の世界 & 66.666%の世界
Chapter 18 全体観 & 全体感
Chapter 19 偽善 & 偽悪
Chapter 20 逆さま現象
Chapter 21 球体空間の固有項と共有項
Chapter 22 有限の中の無限
Chapter 23 (円)運動宇宙の真理
Chapter 24 数の無限性=円運動の無限性
Chapter 25 光の速度を超えるものは一切ない?
Chapter 26 光速度 & 三つ子素数
Chapter 27 3、5、7 & 300、000KM/秒
Chapter 28 数の罠
Chapter 29 相対性理論の罠
Chapter 30 絶対性理論 & 相対性理論
Chapter 31 科学者とは一体何者?
Chapter 32 0と1のない素数
Chapter 33 数の特異点
Chapter 34 線形数 & 円形数
Chapter 35 見えるものはすべて実在しないもの
Chapter 36 実(実在)素数 & 虚(映像)自然数
Chapter 37 五感世界は映像世界
Chapter 38 人間社会だけが逆さまである原因
Chapter 39 見えないものが実在
Chapter 40 “自分”の正体
Chapter 41 素数は無限に存在しない
Chapter 42 悪循環社会
Chapter 43 悪循環人間社会=振り子運動社会
Chapter 44 通過点 & 折り返し点
Chapter 45 ブラック・ホール(見えないもの)は存在するか?
Chapter 46 やはり宇宙は静止している(1)
Chapter 47 やはり宇宙は静止している(2)
Chapter 48 不確定性原理の真意
Chapter 49 “自分”は確定できない
Chapter 50 科学の欺瞞性の証明


おわりに

“自分”という意識がある宇宙は、“運動の光と音と臭いと味と肌触りの宇宙”という映像宇宙に他ならなかった。
一方、
“静止の暗闇と沈黙と無臭と無味と無触覚の宇宙”という実在宇宙では、“自分”という意識などない。
では、
“自分”という意識がある世界、
と、
“自分”という意識がない世界、
とは具体的にどう理解すればいいのか?
まさに、
時間の概念である過去・現在(最も近い過去若しくは最も近い未来)・未来に想いを馳せて生きている者こそ、“自分”という意識がある世界に生きている。
一方、
時間の概念のない『今、ここ』を生きている者こそ、“自分”という意識がない世界に生きている。
まさに、
“自分”という意識がある映像世界だけに、時間の概念があるわけです。
逆に言えば、
“自分”という意識がない実在世界では、時間の概念などないわけです。
言い換えれば、
時間を四次元要因とする四次元世界などないわけです。
まさに、
素数(一次元世界)は(無限に)存在する。
双子素数(二次元世界)は(無限に)存在する。
三つ子素数(三次元世界)は(有限に)存在する。
ところが、
四つ子素数は一切存在しない。
これは一体何を示唆しているでしょうか?
まさに、
三次元世界までしかなく、
四次元世界など存在しない。
言い換えれば、
四次元時間とは、虚時間であるわけです。
一方、
いわゆる(実)時間とは、三次元空間に過ぎないのです。
まさに、
2種類の神(時間)があったわけです。

平成23年2月19日 新 田  論