第七話 立派な人はフェアー【時刻:2023年2月7日午前0時45分】

お父さんが、20年前のことを話してくれました。
この日本という国は、とてもひどい状態だったそうです。
みんな、自分のことだけしか考えないのです。
お父さんが言うには、
「普通の人は、自分のことを考えるだけで精一杯なので仕方ないとも言えるのだが、その頃は、世間的に責任のある者や、社会的責任と権力を持っている者たちが、本当は普通の人たちの模範とならなければならないのに、率先して悪いことをしていたんだ。それを取り締まる政府やお役所が、その悪の巣窟なのだから最悪で、またそういう職業に就くことが成功だと思って、名門大学に入れる為に親が必死になって子供を受験教育する。それをおいしい商売にする塾がいっぱい出てきて、そこに学校の先生がアルバイトして小遣い稼ぎをするから、先生の本分を忘れてしまう。もう国民全体が腐敗した心を持っていた頃だった・・・」
そう言いながら、あの頃のことを思い出しているようです。
「だから、鬼の掟をつくったの?」
デビが訊くと、お父さんは思い出すように、鬼の掟を暗唱し始めたのです。

第二条
凡そ、人間といえども男(雄)と女(雌)から生まれたものなら、それぞれの特性をよく認識し、その特性を逸脱しないようにすること

「これは、冬子が昨日、20年前の日本人に語っていたけど、あの頃の若い人間の心が腐り切っていたことに対する警告だった・・・」
お父さんは、しみじみと話していました。
「一番の原因は、平等という考え方の間違った使い方だね。
自由、平等、博愛というのが、フランス革命が起きて、新しいフランスという国ができた時に掲げられたモットーなんだ!」
「自由、平等、という言葉はデビもわかるけど、博愛とか、モットーってどんな意味?」
わたしは、すぐにお父さんに訊きます。
「冬子は、自由、平等という言葉を知っていると言ったけど、良い印象を持っているね?」
訳のわからないことを言うお父さんです。
「はっきりわからないけど、良い印象を持っていると思う・・・」
「そう思うのは、人間の社会が自由、平等でなかったという意味だよ。不可能なことを望むのが人間の悪い癖だ。他の動物は、決して不可能なことを望まないものなんだ・・・」
ますますわからなくなるデビです。
「じゃあ、どうして自由、平等という言葉があるの?」
デビも負けずに質問します。
「不自由、不平等があるからだよ!」
もうしばらくは聞くだけにしときます。
「最初から、人間はみんな自由で平等だったら、自由、平等という言葉は必要なかっただろうね。不自由で不平等だったから、自由、平等を欲しがったんじゃないかね。そして自由、平等という言葉が誕生したんだ。冬子は好きな男の子がいるかい?」
首を横に振って、黙って聞いているわたし。
「好きな人ができると、好きでない人との間に差ができる。その中で、より好きでない人ができる。そういう人のことを嫌いな人というのだよ。そうすると、人を好きになるということは、同時に嫌いな人もできる。博愛とは、みんなを好きになることだから、これも不可能なことだね・・・」
デビは、心の中で言いました。
『わたしは、みんな好き。人間も、他の動物も、木も花も。嫌いなものなんか一つもない!』
お父さんは続けます。
「自由、平等、博愛。これみんな不可能なことを言っているんだ。そして不可能なことを、恰も可能なように見せかけるのをモットーと言うんだ。フランスはそういう死んだ国になってしまったのさ。イギリスもアメリカも、そして日本も、あの頃はそうなりかけていたんだ。とても大変な時代だったね・・・」

第十二条
凡そ、人間が冒す最も深き罪は公正を欠く行為であることを決して忘れぬこと

お父さんが、また暗唱してから、話し出した。
「自由、平等、博愛が不可能なことなら、可能なことは何かを、お父さんは一所懸命考えたんだ。そしてつくったのが、この十二条だった。
人間が考え方次第で、出来ることは公正であることだよ。
お父さんとお母さんは夫婦だね。夫婦というのも、冬子が人を好きになるとわかるけど、お互いに相手を束縛しても、自由を与えることは出来ないようになっている。何故なら、好きになるからだ。好きになることはお互いに奴隷になることだからね。だけど、どんな奴隷に対しても公正であることは、意志次第で出来る。冬子はそう思わないかね?」
とうとう、お父さんから質問されたのですが、このことは何となくわかったので返事しました。
「夫婦のことは、デビはまだ子供だから、よくわからないけど。公正という意味はよくわかるわ。デビもいつも思っていることだから・・・」
お父さんが言いたかったことは、自由、平等、博愛なんてものは、言葉だけの遊びであって、実際には有り得ないことなんです。
それよりも、誰に対しても公正であるということが、人間にとってとても大事なことで、立派な人というのは公正な人だということだと、わたしも思います。
だから、第二条で、男と女のことを言っているけど、男と女の間に公正であることはできても、平等なんて考えは通用しないんですね。
特に女の人には、公正さはとても難しいような気がします。
やはり、男の人と女の人は全然違います。
みなさん、そう思いませんか?