第五話 はじめに「ア」あり【時刻:2023年1月31日午前1時35分】

今日は、わたしの8才のお誕生日です。
また夏子も同じ誕生日で、今日で4才になりました。
二人共、同じ1月31日に生まれたのは、とても珍しいですね。
わたしの十二支の動物は未(ひつじ)で、夏子は申(さる)です。
お母さんの話だと、未(ひつじ)歳の男の子は優しい子が多いそうですが、女の子は、ものすごく気が強くてしっかりしているらしいのです。
自分でも、気が強いと思うことはよくあります。
お母さんは、お父さんのこと、とても尊敬していますが、気を遣っている様子はありません。わたしと同じで、平気で何でもお父さんに言います。
だけど他の人たちは、そんなわたしを呆れたような顔をして、良く見ていることがあります。
どうして、お父さんのところにやって来る人たちは、あんなに気を遣っているのか、わたしにはわかりません。
お父さんを尊敬していることはわかるのですが、気も遣っているから、とても疲れると思うのです。
お父さんに、何でも訊くのもいけないと思うので、自分で考えてみました。
お父さんに気を遣う人たちの目を見ていると、今から5年前に亡くなられたマイヤーさんのことを思い出します。
マイヤーさんの、お父さんに対する目も同じだったのですが、最後だけは違っていました。
わたしが、いつもお父さんを見ている目と同じになっていました。
そしてマイヤーさんは、それがとても嬉しいようで、「アレルヤ」そして最後に「アレルヤ、アレルヤ」と囁きました。
わたしは、「ありがとう」と言ったマイヤーさんの言葉に胸がすごく響いたのですが、「アレルヤ」の方がもっと響くのでした。「アレルヤ、アレルヤ」と2回続ける方が、もっともっと響くのです。
何故かわかりません。
そして一所懸命考えて、少しわかってきたことがあるのです。
お父さんに気を遣っている人たちは、みんな「ア」という音を決して出さないのです。
わたしは、お父さんに対しても、びっくりした時に、「ア!」とか、もっとびっくりして感激した時には、「アアア!」と何度も「ア」の音を平気で出しています。
お母さんも、お父さんの前で平気で、その音を出していることが多いのです。
ところが他の人たちが、その音を出したことを聞いたことがありません。
みんな意識して出さないようにしているわけでなく、自然に出ないのだと思います。
そこで思ったのですが、緊張すると、「ア」の音が出ないのではないでしょうか?
そうしたら、「ア」という音を出せば、緊張しなくてすむはずですね?
わたしの言っていることは、おかしいでしょうか。
緊張しなければいいのに、と思うのですが、それがなかなか難しいようです。
わたしは、今まで緊張した経験がないので、緊張するとどんな気分になるのか、わかりません。
だけど、そんなに緊張しないようにするのが難しいなら、「ア」という音を先に出してしまえばいいと思うのですが、わたしの言っていることはおかしいですか?
「ア」というただの音を出すのが、そんなに難しいと思えません。
みんな、自分で「ア」という音を出せないように勝手にしているのではありませんか?
だって最後にマイヤーさんが「アレルヤ」と囁かれたのは、お父さんに、「四郎さんとこれから言っていいですか?」と訊かれてからだと思います。
それなら、みんな、お父さんのことを「四郎さん」と呼べばいいのではないでしょうか。
お母さんが、ずっと昔から、お父さんのことを「四郎ちゃん」と呼んで、「デビルさま」とは呼ばなかったから、二人はとても仲がいいのだと思います。
「ア」という音は、とても大きな力を持っているようです。
わたしの住んでいる高野山にいる同じぐらいの子供たちは、みんな、一日中、山の中で遊んで、「ア」という音を出しています。
お母さんの話だと、山の下にいる子供たちは、「ア」という音を出すのがどんなに気持ちのいいものか知らないようなのです。
その代わり、東京の方で使っていた言葉を、最近ではこっちの方の子供たちも使っているようです。
詳しいことは知りませんが、「ガ」「バ」「ザ」というような音を間に「ッ」と音を挟んで喋るようです。
そうすると、とても緊張すると思うのです。
高野山で使われている言葉は、とても柔らかくて、気持ちが落ち着きます。
東京の人たちの、「ッ」という音を挟んで喋ることをやめて、「ア」という音をたくさん使うと、とても気持ちよくなることを、これからみんなに教えてあげようと思っています。