時刻:2023年2月27日午前0時

本日は、昨日と打って変わって、とてもお若い方から、冬子宛に卓見を頂きました。
冬子も、胸がドキドキして読ませて頂き、とても感動しました。
素敵!

「どうもこんにちは。
冬子ちゃん、毎日お話をしてくれてどうもありがとう。
毎朝冬子ちゃんのお話を会社のパソコンで楽しませてもらっています。
冬子ちゃんが質問してくれたことを、お兄ちゃんなりに考えてみたいと思います。
お兄ちゃんはね、これまで一度だけ死の恐怖を感じたことがあるんだよ。それはね、阪神大震災の時、神戸で被災に遭って姉のいる西宮まで自転車で逃げている最中に思ったんだ。『ここにいたら死ぬかもしれない』ってね。
実際、お兄ちゃんのまわりで、多くの人たちが亡くなったんだ。お兄ちゃんはそれまで死と直面したことなど一度もなかった。普通に何気なく暮らしている人たちもみんな、お兄ちゃんと同じだと思うよ。日々、死と直面している人は極めて少ない。
でも震災に遭遇した時は、否応なく直面させられたんだ。『人間いつ死ぬかわからない!』というのを実感したんだ。
それに気がつけば、今自分にできること、しなければならないことが何であるかを考えることができると思わないかい?
死との直面とは、そういう滅多にない機会を与えてくれる点で、冬子ちゃんのお父さんがつくった「鬼の掟第六条」で言われている福音だと思うよ。
でもね、冬子ちゃん。じゃあ、お兄ちゃんは毎日死と直面して生きているかというと困っちゃうんだ。
死のことなど殆ど忘却の彼方で、いつも道頓堀のはるみちゃんのことばっかり考えているんだ。ごめんね!
ところで、冬子ちゃん。お兄ちゃんはね、毎年震災のあった1月17日には、犠牲者の慰霊碑にお参りしているんだ。
この時は、道頓堀のはるみちゃんのことは、忘れることはできないけれど、考えていないよ。
先月も行って来たんだけど、そこで犠牲者の方のお母さんと会ったんだ。
当時大学2年生で亡くなった青年を、僕はよく知っていたので、そのお母さんに挨拶したんだ。
いろいろと亡き息子さんの話などを、お母さんとしていたら、涙ぐみながら、『頑張ってね』と僕に握手を求めてこられた。
あれから8年が経って、震災時の面影はなくなってしまったけれど、震災で亡くなった人たちの思い出を包み込んだ場所に変わりはないんだよ。
そうすると、生きている僕は何ができるのかなって思うんだ。
好きな歌の一節にある、Gonna make a better day(より好い日にしてみよう)ってね。
冬子ちゃんの質問への答えになっているかわからないけど、これからもお話を楽しみにしているのでよろしくお願いします。それじゃ、またね」

道頓堀のはるみちゃんって彼女のことでしょうか。
冬子はショックを受けました。せっかく期待していたのに。
でも今ごろでも、道頓堀界隈に一般の方が住んでいるんでしょうか?
まあいいです。
とにかく、ありがとうございました。