時刻:2023年2月25日午前0時

もう一人女性の方からの意見を紹介致します。
この方はキャリアーウーマンで、会社経営をバリバリされている、新田さんの話では、手強女だそうです。
手強女と書いて、どう読むのでしょうか?
新田さんは、手弱女の逆だと言っておられ、手弱女は「たおやめ」と読むそうです。
それなら、手強女は???『まあ平たく言えば、気の強い女や!だけど優しい面もちょろっと覗かせる女でもある』と言われていました。
では、どうぞ。


「『人間はどうして死ぬのでしょうか?』この質問を通してわたしが冬子ちゃんに伝えたいことが3つあります。
ひとつめは、『人は死があるから、反対に生きていることに気づき、そのことを意識することができる』ということです。
例えば、冬子ちゃんが病気で入院しているところを想像してください。
病室で、『退屈だなあ!』、『治ったら友達と遊ぼう!』と想うでしょう。
病気をしてはじめて、冬子ちゃんは元気で健康なことが幸せなことに気がつくのです。
気がついてはじめて、そのことを意識し、精一杯楽しく暮らそうと思うでしょう。
人間の死もそれと同じことなのです。
ふたつめは、『人間はすべて果すべき使命を持って生まれてくる』ということです。どんな人間にも役割があり、それはこの社会で成功してお金持ちになることとは、何の関係もありません。
ある人は文章で、またある人は音楽や絵で、他の人を導いたり、幸せにしたりします。お医者さんが人の命を助けたり、大工さんが、みんなが住みやすい家を建てたりというふうに、みんなそれぞれ自分のできることで人の役に立つように生まれてきているのです。
お母さんが立派に子育てをするのも使命のひとつですし、誰かの生き方の見本になることも大切な使命です。
その使命を全うした時−他人から見ればまだ途中に見えても−天の意志で人間は死ぬのです。
冬子ちゃんにどんな使命が与えられているかは、与えられた状況の中で、いつも精一杯努力し、力を発揮していくことで気づくことができるはずです。
冬子ちゃんのお父さんも、『先ず自分が今何をやるべきか』を考えて行動してこられたし、決して人のせいにしたり、後悔したりしていないでしょう?
身近におられるお父さんが素晴らしい見本ですね。
最後に、冬子ちゃんも天の一部分であることをわかりやすく説明しましょう。以前に読んだ絵本でこういう話がありました。
コップの中に水が入っています。
この水の一滴が冬子ちゃんの魂だと考えてください。
この一滴を、お人形の顔に垂らすと、お人形は冬子ちゃんという意志と使命を持った一人の人間になるのです。
冬子ちゃんが死ぬとこの一滴はコップの中の水に帰っていきます。
もう、どこからどこが冬子ちゃんで、妹の夏子ちゃんがどの部分なのかわかりませんよね。
でも冬子ちゃんも夏子ちゃんもコップの中にいることは確かなのです。
このお話はずいぶん前に読んだもので、作者の意図がこのとおりであったのかよくわかりません。
今のわたしには、『全体の中の一部分』としてイメージしやすい表現です。
冬子ちゃんに説明することで、死や生に対する考え方が少しは整理できたように思います」

本当に、優しくわかりやすく説明して頂いてありがとうございます。
新田さん、どこが手強女なんですか?言葉を慎んでください。