時刻:2023年2月18日午前1時

今日のお話をして頂く方は、いろいろな発明をされている技術屋さんで、新田さんの、科学的論拠を以って精神論を説いていく手法に、深い理解をされている数少ない一人だそうです。
それでは、どうぞ!

「鬼の掟・第六条と第七条に思いを寄せて」


第六条
凡そ、人間だけが、すべて生あるものは死から免れないことを、教えられそれを知る福音を与えられたことに感謝すること

第七条
凡そ、人間といえども天の意思なく生を受けられるものでないことを知るならば、生を得た悦びに感謝し、その意義を生あるうちに知るべく努力すること

第七条曰く、人間として生まれた事は、宇宙や自然や星があるが如く、創造に値する結果であり、肉体を持って活動するチャンスを得た事に感謝しながら、各人にそれなりの役目が備わっている事を感じて行動する。
その意義とは、本来の自分は誰であり、何をする役目を仰せつかったのかを,早く思い出して(見つけ出して)、その道に精進する、それが、創造に値する行為であり、自分本来の姿である訳ですから,無理な努力も無く、苦しくもない状態で継続できる生活スタイルです。
その結果生み出された,豊かな想念エネルギーが創造性に回帰してゆく。
そんな状態になれる時間が、日々のうち徐々に長くなって行けば良い。
と文章から感じています。(自分の生活信条でもあります)

第六条曰く、人間として死があるからこそ、生が輝くのではないかと実感しています。動物のように生をうけて、本能に従って生きているのであれば,自分自身の精神の向上に、テンションをかけられない気がします。若い頃、死と無縁であると感じていたころは(今にして思えば,無茶をしてかなり死が傍を通りすぎて居たのですが)、本能と勢いで暮らしていたように思います。この頃、死が実感できるようになって初めて、生の輝ける瞬間のようなものを実感する事ができるからです。
人生の残された時間の方が少なくなってきたように感じる今日この頃では、自分が過ごす時間の密度が充実する気がしてきたように思うわけです。
また,死ねばこれ以上何も無いわけですから、死とは究極の救いでもあると思います。
人生の折り返し点をターンしてから、第七条に書かれている何かが感じられるようになると、楽しい事が増えていきます。
仮に苦しくても、もう折り返し点を超えているのであれば、半分やってこられたのだから,残りの方が少ないだけ気楽にも感じられる思いです。
究極のゴールである死も感じられる訳ですし、尚の事、やることはきっちりとやっておかないと、何もしないでゴールに行くのは本意ではありません。(生を得た悦びに感謝し、その意義を生あるうちに知るべく努力する事)
ここから先は私個人の感性による産物です。根拠も何も無い話です。
人間の持つ肉体と死を自覚できるバランスが絶妙に効果をあげている感覚があります。肉体の無い状態で,仮に夢の世界で自由にいろいろ事がパワフルにできるよりも、肉体という制限条件が多い姿で,今を過ごす事に大きな意味があるように感じています。まさしく自分が誰なのかを思い出す旅のような感覚です。
そして究極のゴールを目指して,日々まじめに暮らしたものが,最後に自分の真なる姿を自覚できる瞬間が、福音であると感じています。
その為には,第七条の生活信条を実践しながら、日々も充実して生きることになります」 

ありがとう、ございました。
みなさん如何でしたか?