第二十四章 生・死=食う・食われる

わたしたち人間の一生という振り子運動が、永遠の往復運動ならば、
積極的な死に方になる。
言い換えれば、
わたしたち人間の一生という振り子運動が、始まり(始点)があり終わり(終点)のない往復運動ならば、
積極的な死に方になる。
一方、
わたしたち人間の一生という振り子運動が、いつかは止まる往復運動ならば、
受身的な死に方になる。
言い換えれば、
わたしたち人間の一生という振り子運動が、始まり(始点)があり終わり(終点)もある往復運動ならば、
受身的な死に方になる。
そして、
積極的な死に方にしても、
受身的な死に方にしても、
性欲と食欲の制御の方法に収斂するわけです。
特に、
食欲の制御方法によって、
積極的な死に方、
若しくは、
受身的な死に方、
が決定されるのです。
まさに、
生・死の問題とは、
食う・食われるの問題に他ならないのです。