第十八章 幸福観=限りない欲望

わたしたち人間が感じている幸福感というものは、
幸福感ではなく、幸福観だったのである。
逆に言えば、
わたしたち人間が感じている不幸感というものは、
不幸感ではなく、不幸観だったのである。
つまり、
幸福感、不幸感ではなく、幸福観、不幸観だったのである。
では、
幸福感・不幸感と幸福観・不幸観とは一体何処が違うのでしょうか?
そこで、
食欲や性欲を満たしたからといって幸福感はない、
食欲や性欲が満たされないからといって不幸感もない。
一方、
金銭欲や権力欲や名誉欲を満たされたら幸福観があり、
金銭欲や権力欲や名誉欲を満たされなかったら不幸観がある。
ということを思い出してください。
これは一体何を意味しているのでしょうか?
本能的欲望である、
食欲や性欲は、限りある欲望であるのに対して、
人間的欲望である、
金銭欲や権力欲や名誉欲は、限りない欲望であることを示唆しているのです。
言い換えれば、
本能的欲望である、
食欲や性欲は、繰り返す欲望であるのに対して、
人間的欲望である、
金銭欲や権力欲や名誉欲は、永遠に右肩上がりする欲望であることを示唆しているのです。
更に言い換えれば、
本能的欲望である、
食欲や性欲は、振り子運動する欲望であるのに対して、
人間的欲望である、
金銭欲や権力欲や名誉欲は、円回帰運動する欲望であることを示唆しているのです。
つまり、
(0)と(1)の問題は、振り子運動する。
一方、
(1)と(2)の問題は、円回帰運動する。
まさに、
自然社会は振り子運動する。
一方、
人間社会は円回帰運動する。
従って、
わたしたち人間が感(観)じている幸福観・不幸観は、限りなく、永遠に右肩上がりする、円回帰運動であることを、肝に銘じておくことが大事です。