第十五章 0と1の世界(自然社会)から1と2の世界(人間社会)へ

(0)と(1)の問題である、
健康と病気の問題は、本質的には自然社会にもある問題です。
更に、
自然社会では、
病気(野生)が本来、自然にあるもの(実在)で、健康の概念どころか、健康の観念すらありません。
つまり、
自然社会とは、病気一元の世界です。
そして、
(0)と(1)の問題である、
金持ちと貧乏の問題も、本質的には自然社会にもある問題です。
更に、
自然社会では、
貧乏(蓄積なし)が本来、自然にあるもの(実在)で、金持ちの(蓄積ある)概念どころか、金持ちの(蓄積ある)観念すらありません。
つまり、
自然社会とは、貧乏一元の世界です。
ところが、
人間社会では、
病気(野生)が本来、自然にあるもの(実在)なのにそれを否定し、病気の不在概念として、健康の概念を肯定してしまったわけです。
つまり、
人間社会とは、健康・病気二元の世界です。
そして、
貧乏(蓄積なし)が本来、自然にあるもの(実在)なのにそれを否定し、貧乏の不在概念として、金持ちの概念を肯定してしまったわけです。
つまり、
人間社会とは、貧富二元の世界です。
更に最悪なのは、
単なる不在概念に過ぎない健康を追い求め、本来自然にある(実在する)病気(野生)を避けて生きるようになったわけです。
また、
単なる不在概念に過ぎない金持ちを追い求め、本来自然にある(実在する)貧乏(蓄積なし)を避けて生きるようになったわけです。
つまり、
人間社会とは、好いとこ取りの相対一元論の世界に成り下がってしまったのです。
つまり、
自然社会にも人間社会にもある(0)と(1)の問題を、人間社会は(1)と(2)の問題にしてしまったわけです。
まさに、
自然社会では、
(0)と(1)の問題を、
人間社会では、
(1)と(2)の問題にしてしまったのです。