不幸のすすめ
はじめに

「自殺のすすめ」という作品を書いた限りは、「病気のすすめ」を書くことは当然の成り行きだったわけです。
そうしますと、
「貧乏のすすめ」という作品を書いた限りは、「不幸のすすめ」を書くのも当然の成り行きということになるでしょう。
「病気のすすめ」おわりに、で〆た言葉です。
これまで、「自殺のすすめ」、「貧乏のすすめ」、「病気のすすめ」と書き綴ってきました。
「自殺」、「貧乏」、「病気」といった言葉は、否定的な意味合いの人間言葉に貶められてきたが、実体は本質的な(実在する)要因であったため、論理的展開はそれほど困難ではありませんでした。
ところが、「幸福」と「不幸」という言葉は、両者とも実体がない概念だけに、新田風に言えば、「幸福」は主観性の主体であり、「不幸」は主観性の客体であるだけに、論理的展開は極めて困難であることは、書き出す前から、予想されます。
「・・・すすめ」シリーズの最後にしたいことはやまやまですが、やはり、「貧乏のすすめ」という作品を書いた限りは、「不幸のすすめ」を書くのが道理なので、不承不承、書き出すことにいたします。

平成22年2月28日   新 田  論


第一章 「不幸のすすめ」の最大のテーマ
第二章 二十一世紀のテーマ
第三章 金持ちの時代は終わる
第四章 幸福と不幸を超えた価値観
第五章 利益社会(ゲゼルシャフト)の終焉
第六章 価値観がどんでん返しする
第七章 「不幸のすすめ」の根拠
第八章 主観性と客観性
第九章 内なる鏡 & 外なる鏡
第十章 前の鏡 & 後ろの鏡
第十一章 唯一無二の問題 & 無数の問題
第十二章 0と1の世界
第十三章 1と2の世界
第十四章 0と1の世界(自然社会) & 1と2の世界(人間社会)
第十五章 0と1の世界(自然社会)から1と2の世界(人間社会)へ
第十六章 限りある欲から限りない欲へ
第十七章 幸福観・不幸観
第十八章 幸福観=限りない欲望
第十九章 幸福感=限りある欲望
第二十章 振り子運動はいつか止まる?
第二十一章 受身的な死に方
第二十二章 断食による死
第二十三章 積極的な死に方
第二十四章 生・死=食う・食われる
第二十五章 受身的な死の死期
第二十六章 不幸は悪いこと?


おわりに

不幸になることは、悪いこと(エントロピーの増大)である。
そして、
死ぬことは、悪いこと(エントロピーの増大)である。
だから、
病気や老衰(加齢)することは、いわゆる、悪いこと(エントロピーの増大)である。
だから、
病気や老衰(加齢)することが、死に至らしめることになる。
これらの前提条件は、
三本の時間の矢はみんな一方通行である。
つまり、
過去・現在・未来という心理学的時間の矢は、
過去→現在→未来という流れだけである。
そして、
熱力学的時間の矢は、
エントロピーが時間と共に増大する流れだけである。
そして、
宇宙論的時間の矢は、
宇宙は時間と共に膨張する流れだけである。
一方、
三本の時間の矢はみんな両側(往復)通行である。
つまり、
過去・現在・未来という心理学的時間の矢は、
過去→現在→未来、
という流れだけではなく、
未来→現在→過去、
という流れもある。
そして、
熱力学的時間の矢は、
エントロピーが時間と共に増大する流れだけではなく、
エントロピーが時間と共に減少する流れもある。
そして、
宇宙論的時間の矢は、
宇宙は時間と共に膨張する流れだけではなく、
宇宙は時間と共に縮小する流れもある。
ということになれば、
不幸になることは、好いこと(エントロピーの減少)であるはずです。
そして、
死ぬことは、好いこと(エントロピーの減少)であるはずです。
だから、
病気や老衰(加齢)することは、いわゆる、好いこと(エントロピーの減少)であるはずです。
だから、
病気や老衰(加齢)することと、死に至ることとは別の問題であるはずです。
まさに、
不幸のすすめの所以がここにあるのです。

平成22年3月25日   新 田  論