愚のすすめ
はじめに

「阿呆(あほう)」という言葉は、「阿房」が本来の字で、「阿る」は「おもねる」、すなわち、他人におべっかを遣う意味であり、「房」は「多い」という意味ですから、「阿房(阿呆)」とは、他人におべっかを遣いまくる人間のことを本来意味しているのです。
一方、
「愚か」という言葉は、「疎か(おろそか)」という言葉と語源が同じで、本来の意味は、「不十分」、「不完全」という意味ですから、「阿呆」と「愚か」は同じ意味ではありません。
従って、
「愚」=不完全、
「賢」=完全、
となり、
賢愚二元要因を構成しているわけですが、
そもそもの意味は、
完全・不完全二元要因に他ならないわけで、
阿呆・賢いは二元要因にならないのです。
従って、
「愚のすすめ」とは、
「阿呆のすすめ」ではなく、
「不完全のすすめ」に他ならないことを、はじめに申しあげておきます。
言い換えれば、
「おべっかのすすめ」ではなく、
「平凡のすすめ」に他ならないことを、はじめに申しあげておきます。


平成22年5月2日   新 田  論


第一章 大事 & 小事
第二章 大馬鹿 & 小馬鹿
第三章 意識 & 無意識
第四章 殺すことは悪ではない
第五章 無意識で殺すことが悪である
第六章 破られるための法律
第七章 生きる基本=継続
第八章 継続=地球の法則
第九章 継続=宇宙の法則=円回帰運動
第十章 “賢のすすめ”は自己矛盾の極み


おわりに

継続することこそが、生きる基本に他ならない。
そして、
生きるとは、生き残ることに他なりません。
そして、
生き残るとは、自己防衛することに他なりません。
つまり、
継続するとは、自己防衛することに他なりません。
そして、
自己防衛とは、“食うか食われるか”の自然の食物連鎖の法則に他なりません。
つまり、
それは自然の掟に他なりません。
つまり、
それは地球の法則に他なりません。
つまり、
それは太陽系の法則に他なりません。
つまり、
それは銀河星雲の法則に他なりません。
つまり、
それは宇宙の法則に他なりません。
従って、
継続することは、宇宙の法則である円回帰運動に他ならないのです。
まさに、
自然社会の生きものが徹底した決め事(約束事)を繰り返すのは、宇宙の法則である円回帰運動に従っているだけのことなのです。
そして、
愚鈍な人間ほど徹底した継続をするのです。
まさに、
「おべっかのすすめ」ではなく、
「平凡のすすめ」こそ道理に他ならないのです。


平成22年5月11日   新 田  論