第六章 差別・不条理・戦争の正体

我々人間が、
差別と平等、不条理と公正、戦争と平和という問題を超えることができないのは、生と死の問題を超えることができないからである。
よくよく考えてみれば当然のことで、
差別する人間は、自己防衛の目的から差別するのである。
自己防衛する必要がなければ、差別する動機が消滅する。
同じように、
不条理なことをする人間は、自己防衛の目的から不条理なことをするのである。
自己防衛する必要がなければ、不条理なことをする動機が消滅する。
同じように、
戦争をする人間は、自己防衛の目的から戦争をするのである。
自己防衛する必要がなければ、戦争をする動機が消滅する。
まさに、
インドのカースト制度や、日本の士農工商制度は、
支配者が被支配者から自己防衛するためにつくった制度であるが、そもそも差別制度をつくらなければ、自己防衛など不要なはずだ。
まさに、
世界のすべての国が軍隊を持つ理由は専守防衛だが、すべての国が専守防衛のための軍隊なら、どこの国も軍隊など不要なはずだ。
まさに、
現代社会の人間の特徴である“自分さえ好かったらいい”という発想は、自己防衛のためだが、すべての人間が“他人が先ず好かったらいい”という発想なら、誰も自己防衛などする必要がないはずだ。
では、
自己防衛とは一体何が動機で起こるのだろうか?
まさに、
自己の死の危機からの防衛なのである。
では、
あなたにとって、死とは危機なのだろうか?
では、
あなたは、死とは悪いものだと知っているのか?
死んだ経験もないのに、どうして知ることができるのか?
死が生よりも悪いことになるだろうということを知っているのか?
どうしてそんなことを知ることができるのか?
ひょっとして、死は生よりも好いかも知れない。
知りもしない死をどうして怖がっているのだろうか?
あなたは、死を怖がっているのではない。
ただ、死を恐怖の位置に置いているだけだ。
まさに、
自己防衛は、脅迫観念の所産である。
まさに、
差別・不条理・戦争は、支配者側の人間の脅迫観念の所産である。