第二十二章 依然奴隷社会

ライオンが百獣の王と言われている所以は、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をする獣の象徴だからである。
つまり、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をする者を王と言うのである。
この事実は実に示唆に富んでいる。
文明社会の黎明期である古代は奴隷時代と呼ばれ、存在するのは、王と奴隷の二種類だけだった。
まさに、
支配する王と、支配される奴隷の社会であった。
現代風に言えば、
支配・被支配二層構造の社会である。
中世から近代を経た現代社会は、国民、つまり、被支配側が主人である民主主義社会だと言われているが、果たしてそうだろうか?
現代社会が、国民、つまり、被支配側、つまり、奴隷が主人である真の民主主義社会なら、政府、つまり、支配側、つまり、王など必要ないはずだ。
言い換えれば、
現代社会が、国民、つまり、被支配側、つまり、奴隷が主人である真の民主主義社会なら、暴力団や軍隊など必要ないはずだ。
更に、
現代社会が、国民、つまり、被支配側、つまり、奴隷が主人である真の民主主義社会なら、宗教や科学など必要ないはずだ。
まさに、
我々人間社会は、逆さま現象を起こしているのである。
だから、
我々人間社会だけに、
暴力団や軍隊が横行しているのである。
だから、
我々人間社会だけに、
宗教や科学が横行しているのである。
だから、
我々人間社会だけに、
差別・不条理・戦争が横行しているのである。
だから、
我々人間社会だけが、
悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖に苛まれているのである。