第二十章 悪意の人間社会が実体(実在)

平常心(罪意識なし)で殺す行為をする自然社会の生きものを、我々人間は畜生と蔑む。
一方、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をできない人間社会の生きものを、我々は自ら万物の霊長と称える。
だから、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をする人間社会の生きものである暴力団を、我々は畜生扱いする。
ところが、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をする人間社会の生きものである軍隊は、我々は畜生扱いしないで、却って、我々万物の霊長を守ってくれる大事な生きものだと思っている。
この事実は一体何を示唆しているのだろうか?
自然社会と人間社会が逆さまであることの証明である。
更に最悪なのは、
人間社会が自然社会の上に君臨しているというわけだ。
つまり、
万物の霊長が畜生の上に君臨しているというわけだ。
では、
一般の人間が暴力団や軍隊の上に君臨しているというのか?
では、
なぜ一般の人間が暴力団や軍隊を怖がるのか?
では、
なぜ人間がライオンを怖がるのか?
まさに、
まるで逆さまではないか?
否、
暴力団や軍隊が一般の人間の上に君臨しているのが実体なのである。
否、
ライオンが人間の上に君臨しているのが実体なのである。
否、
これが順さまの世界だったのである。
だから、
逆に、
悪意の人間が支配する社会が実体(実在)なのである。