第十九章 悪意の人間社会の鍵

平常心(罪意識なし)で殺す行為をする自然社会の生きものを、我々人間は畜生と蔑む。
一方、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をできない人間社会の生きものを、我々は自ら万物の霊長と称える。
だから、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をする人間社会の生きものである暴力団を、我々は畜生扱いする。
ところが、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をする人間社会の生きものである軍隊は、我々は畜生扱いしないで、却って、我々万物の霊長を守ってくれる大事な生きものだと思っている。
だから、
人間社会から軍隊は消えないのである。
だから、
人間社会から戦争は失くならないのである。
従って、
人間社会から軍隊が消えない限り、暴力団も消えないことになる。
言い換えれば、
人間社会から戦争が失くならない限り、暴力団も消えないことになる。
逆に言えば、
人間社会から暴力団を消滅させれば、戦争のない人間社会にすることができることになる。
まさに、
軍隊も暴力団も本質的にはまったく同じものなのである。
そして、
その本質とは、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をする生きものである。
では、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をする自然社会の生きものと、
平常心(罪意識なし)で殺す行為をする人間社会の軍隊や暴力団と、
一体どこが違うのだろうか?
まさに、
この違いに悪意の人間社会の鍵が潜んでいるのだ。