第十七章 平常心を保つには

自然社会では、
アリでも蜂でもライオンでも猿でも、平常心(罪意識なし)で殺す行為ができる。
一方、
現代人間社会では、
暴力団や軍隊以外のオス人間は、平常心(罪意識なし)で殺す行為ができない。
これは一体何を示唆しているのだろうか?
まさに、
自然社会での、
平常心(罪意識なし)で殺す行為とは、
食う行為に他ならないのである。
逆に言えば、
自然社会での、
淡々と殺される行為とは、
食われる行為に他ならないのである。
つまり、
人間社会での、
生きるか死ぬかの問題は、
自然社会では、
食うか食われるかの問題に他ならないのである。
そして、
生きるか死ぬかの問題になれば、平常心(罪意識なし)を失うのである。
一方、
食うか食われるかの問題になれば、平常心(罪意識なし)は保たれるのである。
現に、
我々人間も、
食うか食われるかの問題になれば、
平常心(罪意識なし)で動物や植物を殺しているのである。