第九章 光・時間二元論

光と闇は表裏一体のコインである。
言い換えれば、
光・闇は二元要因である。
では、
時間は二元論を構成できるのだろうか?
言い換えれば、
時間と表裏一体を成す要因はあるのだろうか?
まさに、
アインシュタインの相対論の罠がこの点にある。
時間は相対的と言っておきながら、光は絶対的と例外事項をつくる。
まさに、
この例外事項が最大の元凶に他ならない。
なぜなら、
この例外事項が、選民思想を生み、差別・不条理・戦争の概念を生み落としたのだから。
そういう観点からすると、
時間と二元要因を組む相手こそ光に他ならなかったのである。
まさに、
光・闇は二元要因である。
なぜなら、
光と闇は二律背反関係だから。
言い換えれば、
光が実在で、闇は光の不在概念だから。
また、
光・時間も二元論である。
なぜなら、
光と時間は二律背反関係だから。
言い換えれば、
時間が実在で、光は時間の不在概念だから。
では、
この事実は一体何を示唆しているのだろうか?
まさに、
闇=時間の証左に他ならない。
言い換えれば、
闇=時間である。
なぜなら、
時間が実在で、光は時間の不在概念だから。
まさに、
アインシュタインの相対論の主旨に他ならない。
なぜなら、
光の速度は絶対有限速度と主張しているのが相対論だから。
言い換えれば、
光の不在概念である闇の速度は相対無限速度と主張しているのが相対論だから。
では、
相対無限速度である闇とは一体何者なのか。
まさに、
時間が実在で、光は時間の不在概念の証明に他ならない。
まさに、
闇=時間の証明に他ならないのである。
この事実は一体何を示唆しているのか?
まさに、
∞速度=無限大速度=無限小速度=ゼロ速度に他ならない。
そして、
ゼロ速度とは静止状態に他ならない。
そして、
静止状態では、時間は存在し得ないのである。
なぜなら、
時間は運動状態においてはじめて必要な概念だからである。
従而、
無限速度は時間の不在状態に他ならないのである。
言い換えれば、
無限速度状態は静止状態に他ならないのである。
まさに、
無限速度=ゼロ速度に他ならない。
逆説的に言えば、
有限速度=ゼロ以外速度ということになる。
まさに、
静止=無限速度とするなら、運動=有限速度に他ならない。