第三十三章 “Ego”の存在意義

自我意識(Ego)があるわれわれ人間は突然変異種の生きものであった。
言い換えれば、
実在に対する不在概念こそ、自我意識(Ego)の正体であった。
まさに、
実在・不在概念は、二元要因関係にあった。
従って、
不在概念である自我意識(Ego)にも存在意義があることになる。
では、
自我意識(Ego)の存在意義とは、一体何なのだろうか?
まさに、
不在概念の存在意義とは、実在と補完し合う点に他ならない。
そして、
実在と補完し合う点の存在意義とは、一枚のコインの表面と裏面の関係に他ならず、切り離すことは決してできない点に他ならない。
まさに、
健康の存在意義とは、病気が実在であることを理解するために他ならない。
従って、
自我意識(Ego)の存在意義とは、実在するホンモノの自分と補完し合う点に他ならない。
そして、
実在するホンモノの自分と補完し合う点の存在意義とは、一枚のコインの表面と裏面の関係に他ならず、切り離すことは決してできない点に他ならない。
まさに、
自我意識(Ego)の存在意義とは、ホンモノの自分が実在であることを理解するために他ならないのである。
言い換えれば、
映像(昼間のいわゆる現実や、夜の夢といった幻想)の存在意義とは、それがしょせん自我意識(Ego)に過ぎず、ホンモノの自分、すなわち、地球の意思が実在であることを理解するために他ならないのである。