第三十章 地球の意思 V.S. 地球の意識(意志)

地球と地球の意識の関係は、われわれひとり一人の人間の肉体と意識の関係と同じである。
言い換えれば、
地球の意思と意志の関係は、われわれひとり一人の人間の肉体と意識の関係と同じである。
そして、
肉体と意識(魂や霊・・・)は別モノと勘違いした上に、肉体は滅びても、意識(魂や霊・・・)は永遠とする輪廻転生説を盲信することは、自己の意思は滅びても、自己の意志は永遠であると錯覚することに他ならないのである。
更に酷いことには、
地球と地球意識は別モノと勘違いした上に、地球は滅びても、地球意識(魂や霊・・・)は永遠とする輪廻転生説を盲信することは、地球の意思は滅びても、地球の意志は永遠であると錯覚することに他ならないのである。
では、
46億年前に太陽から生まれたという地球の立場は一体どうなるのか?
まさに、
このことだけで、
地球は滅びても、地球意識(魂や霊・・・)は永遠とする輪廻転生説を盲信することは、地球の意思は滅びても、地球の意志は永遠であると錯覚することに他ならない証明である。
では、
地球の意思と意識(意志)の違いは、一体なぜあるのだろうか?
まさに、
地球が生きているからである証明に他ならない。
言い換えれば、
まさに、
地球が自転と公転をしているからである証明に他ならない。
まさに、
ここにも「三の法則」が働いているのである。
(1) すべては全体と部分を兼ね具えている。
(2) すべては二元論的(実在とその不在概念である映像)
(3)『在り方』と『考え方』は二律背反せず補完し合う。
まさに、
(1)地球の意思が全体で、意識(意志)が部分である。
(2)地球の意思が実在で、意識(意志)が映像である二元論。
(3)地球の意思が「在り方」で、意識(意志)が「考え方」である。
まさに、
地球の意思と意志の関係は、われわれひとり一人の人間の肉体と意識の関係と同じなのである。