第二十七章 意識と非意識

心と言ってもいいし、想いと言ってもいいし、魂と言ってもいいし、精神と言ってもいい、われわれが普段、“自分は・・・”と思っている意識と無意識とは一体どういう関係にあるのか?
そこで、
道元禅師の言葉をもう一度思い出してみよう。
不思量底を思量する、此即、非思量。
言い換えれば、
無意識→意識→非意識ということを表現している。
まさに、
無意識が一元論世界のことである。
一方、
意識が二元論世界のことである。
他方、
非意識が三元論世界のことである。
そして、
一元論世界である無意識が、始点として実在する。
一方、
二元論世界である意識が、円周としての映像である。
他方、
三元論世界である非意識が、終点として実在する。
そして、
始点(無意識)と終点(非意識)は本質的には同じである。
言い換えれば、
始点(無意識)と終点(非意識)は同質である。
逆説的に言えば、
始点(無意識)と終点(非意識)の違いは、円周(意識)の経験の有無だけである。
まさに、
円周(意識)の存在意義は、必要悪である証明に他ならない。
従って、
睡眠の存在意義が必要悪であるように、意識の存在意義は必要悪に他ならないのである。
そして、
必要悪の存在意義は、二つの実在の存在意義に他ならないのである。