第十七章 潜在意識の自分

おもての自分が、自我意識(Ego)の顕在意識。
隠れた自分が、潜在意識。
どうやら、
二種類の自分がいるらしいことはわかった。
そして、
二種類の自分の更に下に自分のない世界がある。
顕在意識と潜在意識という二種類の個別意識の更に下に個別意識がない集合意識がある。
ところが、
われわれは、顕在意識の自分しか自分と思っていないのである。
いわゆる、自我意識(Ego)と称する輩である。
しかも、
西洋心理学では、この自我意識(Ego)を自分と認めてしまっている。
更に酷いことには、
西洋心理学では、潜在意識のことも認めている。
では、
潜在意識は西洋心理学では自分と認めていないのだろうか?
表現を換えれば、
西洋心理学では、建前と本音二本立ての自分の建前の自分しか認めていないのだろうか?
だから、
西洋心理学では、西洋心理学そのものが、精神分裂症に陥っているのである。
まさに、
心理学が問題なのではなく、東洋に対する西洋が問題なのである。
言い換えれば、
東洋に対する西洋が分裂症に陥っているのである。
では、
東洋と西洋の違いとは一体何なのか?
この問いに対する回答のヒントは、東洋と西洋の立場が逆転したことと大きく関係している。
そして、
東洋と西洋の立場が逆転したのは、19世紀はじめのことである。
現に、
1800年代初頭での、世界の経済状況が如実に示していて、世界のGDP(国民総生産)の1位が中国で世界の28%を占め、2位のインドが18%で、この2国で、世界の半分近くを占めていたのに対して、その後の世界を席巻してゆくイギリスのGDP(国民総生産)はたったの2%、アメリカに及んではまだ0であった。
ところが、
19世紀にイギリスが、そしてアメリカが産業革命に成功してゆくことになって、東洋と西洋の立場が逆転してしまったのである。
まさに、
産業革命こそが西洋と東洋の決定的違いのヒントを示唆しているのである。
そして、
西洋で為された産業革命、そして産業革命まで導いた宗教革命、人間復興の名の下に為されたルネッサンスこそが、自然社会、延いては、宇宙への侵略行為の端緒で、以降、西洋世界は自然社会を征服することに腐心するあまり、潜在意識の自分、すなわち、本音の自分を忘却してしまったのである。