第十四章 自分とは

意思こそ、“自分は・・・”と思っている心、想い、精神、魂、すなわち、西洋心理学で云うところの顕在意識に他ならない。
ところが、
意思は部分観に過ぎず、全体感としての意識があるはずだが、われわれ人間は忘却してしまっている。
では、
全体感としての意識は、自分ではないのだろうか?
そこで、
海に浮かぶ島こそ、自分は・・・”と思っている心、想い、精神、魂、すなわち、西洋心理学で云うところの顕在意識に他ならず、海面下の島の部分こそ、潜在意識に他ならず、海面下の他の島や大陸と繋がっている地球全体こそ、集合意識、すなわち、全体感に他ならない。
従而、
潜在意識も、“自分は・・・”と思っている自我意識(Ego)の意思であるはずだ。
では、
海面下の他の島や大陸と繋がっている地球全体である、集合意識、すなわち、全体感も、やはり、“自分は・・・”なのだろうか?
まさに、
全体感としての自分は存在し得るのだろうか?
ただし、
全体感としての自分は自我意識(Ego)ではないはずである。
なぜなら、
全体感は意識であって、自我意識(Ego)の意思ではないからである。
まさに、
全体感としての自分は存在し得るのだろうか?
まさに、
今世紀最大のテーマとなるだろう。
言い換えれば、
“自分は・・・”という自我意識(Ego)が、地球意識を共有できるだろうか?
更に言い換えれば、
意思が意識になり得るだろうか?
更に言い換えれば、
顕在意識が、集合意識になり得るだろうか?
そこで、
顕在意識は海面上の見える島。
集合意識は海面下の他の島や陸地と繋がっている地球。
そして、
その間に海面下の見えない島である潜在意識がある。
まさに、
潜在意識こそ、今世紀最大のテーマに他ならない。