第十一章 ビッグバンなどなかった

静止一元宇宙と運動二元宇宙と超越三元宇宙は、それぞれ個別に単独で存在する宇宙ではなく、それぞれの位相の宇宙に他ならないのである。
まさに、
分子化合物H2Oが摂氏0度以下であれば固体の氷、摂氏0度から摂氏100度の間であれば液体の水、摂氏100度以上であれば気体の水蒸気という位相になっても、分子化合物H2Oとしての構造には何ら変わりはないのと同じことが、われわれの宇宙についても言えるわけである。
まさに、
映写室の映写機にセットされてある映写フィルム(静止画フィルム)と、舞台の白いスクリーンに映されている映画(動画面)と、観客席に座っている鑑賞者は、すべてひとつの映画館の中の部分に過ぎないのと同じことが、われわれの宇宙についても言えるわけである。
従而、
われわれの宇宙は、137億年前に起こったビッグバン後の宇宙が運動宇宙であり、静止宇宙はビッグバン前の宇宙などと区別できる代物ではないのである。
従而、
ビッグバン直後から時間が刻みはじめたというのも間違いである。
畢竟、
ビッグバンなどそもそもなかったのである。
このことは一体何を意味しているだろうか?
まさに、
宇宙にはそもそも始めも終わりもなかったことを示唆しているのである。
では、
始めも終わりもない世界とは一体どんな世界なのだろうか?
まさに、
円回帰運動する世界に他ならない。
言い換えれば、
循環する世界に他ならない。
まさに、
地球の表面は有限であるが、表面運動は無限である。
まさに、
始めも終わりもない世界とは、地球のような球体の表面運動に他ならない。
だから、
自然社会は循環社会なのである。
まさに、
食物連鎖の法則は、自然社会が循環社会である証左に他ならない。
では、
始めも終わりもない円回帰運動する世界(循環社会)とは、一体どんな世界(社会)なのだろうか?
まさに、
連続性世界(社会)ではなくて、非連続性世界(社会)に他ならない証左である。
言い換えれば、
必然性世界(社会)ではなくて、偶然性世界(社会)に他ならない証左である。
従而、
始めも終わりもない円回帰運動する世界(循環社会)とは、人知を超えた絶対的存在とする神など存在し得ない世界(社会)なのである。