第十章 ビッグバンの前は?

運動=有限速度。
まさに、
有限とは運動のことであり、無限とは静止のことだったのである。
ところが、
われわれは、有限・無限を運動世界の中で論じてきたのである。
まさに、
ビッグバン宇宙誕生論は、有限・無限を運動宇宙の中で論じてきたのである。
ところが、
運動宇宙を論じる限り、はじめとおわりの概念が要る。
では、
ビッグバン宇宙誕生(はじめ)の前の宇宙はどうなっているのか。
この問いに答える科学者は一人もないのである。
イギリスの物理学者スティーブン・ホーキングは、宇宙がビッグバンで誕生したとき、時間が動き始めた、と言っている。
まさに、
宇宙のはじまりがビッグバンというわけである。
アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルは、宇宙がビッグバンで誕生して以来、宇宙は膨張し続けている、すなわち、運動している、と言っている。
従而、
運動宇宙=時間宇宙に他ならない。
そして、
アインシュタインもホーキングも、ビッグバン以前の宇宙は神の範疇である、と言っている。
そうすると、
静止宇宙=時間のない世界は、神の世界というわけだろうか?
そうすると、
ビッグバン宇宙誕生説は、ビッグバン時間誕生説でもある。
まさに、
運動宇宙一元論に他ならない。
まさに、
気狂い沙汰である。
静止宇宙一元論は正気沙汰である。
従而、
運動宇宙論は静止・運動二元論に他ならない。
まさに、
運動宇宙一元論を主張する現代科学は気狂い沙汰である。
静止は一元が本質だが、運動は二元が本質である。
静止二元なら、静止状態になり得ず、
運動一元なら、運動状態になり得ないからである。
まさに、
静止宇宙一元論が正気沙汰である証明に他ならない。
まさに、
運動宇宙二元論が正気沙汰である証明に他ならない。
そして、
静止一元宇宙と運動二元宇宙は補完し合う表裏一体関係にある。
言い換えれば、
静止一元宇宙が実在で、運動二元宇宙がその映像である。
まさに、
映写室の映写機にセットされている映写フィルム(静止画フィルム)が静止一元宇宙であり、白いスクリーンに映写機によって映されている映像(動画面)が運動二元宇宙に他ならない。
そして、
映写室と白いスクリーンの舞台と鑑賞者の座席がある映画館こそ、超越三元宇宙に他ならないのである。