第四百八十三話 悪意の人間社会

二十世紀の冷戦とは、資本主義と社会主義の戦いであって、自由社会と統制(独裁)社会の戦いではなかったのです。
自由な西側社会が統制(独裁化)された東側社会に勝ったわけではないのです。
つまり、
自由が統制(独裁)に勝ったわけではないのです。
だから、
“自由”が鍵だったわけではないのです。
西側社会が自由な社会だったから勝利したわけではないのです。
資本主義と社会主義の違いは、資本主義での支配者は資本家、つまり、お金持ちであるのに対して、社会主義の支配者は労働者のトップ、つまり、労働組合の組合幹部であっただけのことです。
冷戦時代の資本主義国家でも、現代の資本主義国家でも、企業には必ず労働組合が存在して、組合幹部は労働貴族と揶揄されてきました。
つまり、
資本主義国家も所詮は社会主義国家でもあったし、また、現在でもそうであることを証明しているのです。
ただ、
国家権力を握っているのが、資本家グループの代表であるか、労働者グループの代表であるかの違いだけで、資本主義陣営も社会主義陣営も所詮は支配・被支配二層構造に変わりはないのです。
現在のアメリカと中国が如実に証明しています。
資本主義陣営での被支配者グループは国民であり、社会主義陣営での被支配者グループは人民であるだけのことで、国民も人民もまったく同じです。
結局の処、
資本主義社会も社会主義社会も、支配・被支配二層構造の差別社会に変わりはないのです。
一方、
共産主義とは、“全員が平等”、つまり、差別のない社会に外なりません。
つまり、
共同社会(ゲマインシャフト)なのです。
資本主義も社会主義も、支配・被支配二層構造の差別社会に変わりはない。
つまり、
利益社会(ゲゼルシャフト)なのです。
だから、
わたしたち人間社会は、冷戦が終わった今でも、“差別・不条理・戦争”が繰り返されているのです。
もういい加減、気づかなければなりません。
この人間社会というものが、“悪意”の社会であるということを・・・。