第四百七十九話 妄想の人生と現実の人生

自然社会の生きものたちは、仕事もしないでただ生きているだけですが、悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖など無縁で生きている。
つまり、
『今、ここ』を生きている。
一方、わたしたち人間は、ただ生きているだけだと何か不安になって仕事をしていますが、悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖に苛まれて生きている。
つまり、
過去・現在・未来に想いを馳せて生きている。
ところが、
過去・現在・未来は、本当の時間ではなく空間(光景)であり、『今、ここ』が本当の時間であることは何度もお話しました。
過去・現在・未来とは、「時間の概念」であって、1瞬前後、1息前後、1秒前後、1分前後、1時間前後、1日前後、1ヶ月前後、1年前後、1生前後のことであって、厳密に言えば、過去若しくは未来という実在しないものに外なりません。
過去・現在・未来の現在とは、過去の一部であり、未来の一部でもある1瞬前後に外なりませんから、過去・現在・未来とは実在しない時間に過ぎません。
『今、ここ』とは、「時間の観念」であって、地球上に存在するもの、つまり、森羅万象にとっては、一年=春・夏・秋・冬、一日=朝・昼・夜の円回帰運動のことであって、一年=三百六十五日という地球固有の実在する「時間の観念」です。
ここで忘れてはならないことは、
実在しない「時間の概念」に想いを馳せても何も起こらないということです。
実在する「時間の観念」に想いを馳せてはじめて何かが起こるということです。
従って、
過去・現在・未来という空間に想いを馳せた生き方は、無いものねだりの妄想の生き方に外ならないのです。
従って、
『今、ここ』という時間に想いを馳せた生き方は、在るものねだりの現実の生き方に外ならないのです。