第四百七十八話 『過去・現在・未来』と『今、ここ』

自然社会の生きものたちは、仕事もしないでただ生きているだけですが、悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖など無縁で生きている。
何もしなければ、「オス社会も」ない。
何もしなければ、「支配・被支配二層構造と世襲相続の差別社会」もない。
何もしなければ、「宗教と科学」もない。
何もしなければ、「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖」もない。
何もしなければ、「差別・不条理・戦争」もない。
つまり、
『今、ここ』を生きていれば、「オス社会」もない。
つまり、
『今、ここ』を生きていれば、「支配・被支配二層構造と世襲相続の差別社会」もない。
つまり、
『今、ここ』を生きていれば、「宗教と科学」もない。
つまり、
『今、ここ』を生きていれば、「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖」もない。
つまり、
『今、ここ』を生きていれば、「差別・不条理・戦争」もない。
一方、
わたしたち人間は、ただ生きているだけだと何か不安になって仕事をしていますが、悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖に苛まれて生きている。
何かしていれば、「オス社会」がある。
何かしていれば、「支配・被支配二層構造と世襲相続の差別社会」がある。
何かしていれば、「宗教と科学」がある。
何かしていれば、「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖」がある。
何かしていれば、「差別・不条理・戦争」がある。
つまり、
過去・現在・未来に想いを馳せて生きていれば、「オス社会」がある。
つまり、
過去・現在・未来に想いを馳せて生きていれば、「支配・被支配二層構造と世襲相続の差別社会」がある。
つまり、
過去・現在・未来に想いを馳せて生きていれば、「宗教と科学」がある。
つまり、
過去・現在・未来に想いを馳せて生きていれば、「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖」がある。
つまり、
過去・現在・未来に想いを馳せて生きていれば、「差別・不条理・戦争」がある。