第四百六十六話 現実の社会=超えた社会

わたしたち人間でも女性は、実在するものを悪いものとして、実在するものの不在概念を好いものとする本末転倒な善悪の判断はしません。
つまり、
わたしたち人間でも女性は、有るものを避けて、無いものを求めるという無いものねだりの生き方はしません。
「メス社会」はそもそも無いものを避けて、有るものを求めるという現実的な社会に外ならないからです。
「メス社会」を中心にして、「宗教と科学を超えた価値観」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度を超えた価値観」と「悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖を超えた価値観」と「差別・不条理・戦争のない社会」を四辺にしたスクエアー(正方形)構造の社会は、有るものだけを追いかける現実の社会です。
従って、
「メス社会」は、有るものだけを追いかける「宗教と科学を超えた」現実の社会です。
従って、
「メス社会」は、有るものだけを追いかける「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度を超えた」現実の社会です。
従って、
「メス社会」は、有るものだけを追いかける「悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖を超えた」現実の社会です。
従って、
「メス社会」は、有るものだけを追いかける「差別・不条理・戦争を超えた」現実の社会です。
つまり、
「メス社会」を中心にして、「宗教と科学を超えた価値観」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度を超えた価値観」と「悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖を超えた価値観」と「差別・不条理・戦争のない社会」を四辺にしたスクエアー(正方形)構造の社会こそ、有るものだけを追いかける現実の社会です。
つまり、
「この世とあの世」=「鑑賞席のある映画館の世界」=「主観・客観の世界」=「理解の世界」=「現実の世界」=「絶対・相対の世界」=「静止・運動の世界」=「三元論の世界」=「終点の世界」=「死の世界」=「宗教を超えた世界」=「科学を超えた世界」=「神を超えた世界」=「政治を超えた世界」=「経済を超えた世界」=「歴史を超えた世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を超えた世界」=「差別・不条理・戦争を超えた世界」=「必然・偶然の世界」=「『今、ここ』の世界」=「成熟した知性の世界」=「無(限)・有(有限)を超えた世界」=「蓄積の理解の世界」こそ、有るものだけを追いかける現実の社会です。