第四百五十四話 オス社会からメス社会へ

必要悪の神を必要とする人間社会だから、オス社会になるのです。
必要悪の神を必要とする人間社会だから、支配・被支配二層構造の世襲・相続の差別が起こるのです。
必要悪の神を必要とする人間社会だから、宗教と科学が発生するのです。
必要悪の神を必要とする人間社会だから、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖があるのです。
必要悪の神を必要とする人間社会だから、差別・不条理・戦争が起こるのです。
言い換えれば、
「オス社会」を頂点にして、「宗教と科学」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会」で底辺を構成するトライアングル構造の社会こそ、必要悪の神を必要とする社会に外ならないのです。
まさに、
「オス社会」こそ、「この世」=「動画面の世界」=「主観の世界」=「概念の世界」=「映像の世界」=「相対の世界」=「運動の世界」=「二元論の世界」=「円周の世界」=「生の世界」=「宗教の世界」=「科学の世界」=「神の世界」=「政治の世界」=「経済の世界」=「歴史の世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の世界」=「差別・不条理・戦争の世界」=「必然の世界」=「過去・現在・未来の世界」=「未熟な知性の世界」=「有(有限)の世界」=「蓄積の概念の世界」に外ならないのです。
逆に言えば、
「メス社会」を中心にして、「宗教と科学を超えた価値観」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度を超えた価値観」と「悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖を超えた価値観」と「差別・不条理・戦争のない社会」を四辺にしたスクエアー(正方形)構造の社会こそ、必要悪の神を必要としない社会に外なりません。
まさに、
「メス社会」こそ、「この世とあの世」=「鑑賞席のある映画館の世界」=「主観・客観の世界」=「理解の世界」=「現実の世界」=「絶対・相対の世界」=「静止・運動の世界」=「三元論の世界」=「終点の世界」=「死の世界」=「宗教を超えた世界」=「科学を超えた世界」=「神を超えた世界」=「政治を超えた世界」=「経済を超えた世界」=「歴史を超えた世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を超えた世界」=「差別・不条理・戦争を超えた世界」=「必然・偶然の世界」=「『今、ここ』の世界」=「成熟した知性の世界」=「無(限)・有(有限)を超えた世界」=「蓄積の理解の世界」に外ならないのです。