第四百四十七話 五感の精度=潜在能力

五感は自他の区分けをする外皮(境界線)という器官です。
国と国の間の国境線(境界線)と同じです。
土地の区分け線(境界線)と同じです。
境界線は単なる概念で実在しません。
つまり、
五感器官などそもそも存在しないのです。
内と外の区分け線(境界線)に過ぎないのです。
では、
内と外の違い(区分け)などあるのでしょうか。
観点の精度の違いによって、内と外の違い(区分け)が生じることは明白です。
例えば、
自分の体と周りの大気の間で、自分の視力では内(自分の体)と外(周りの大気)の違い(区分け)は生じるが、顕微鏡の視力では内(自分の体)と外(周りの大気)の違い(区分け)は生じません。
これは、観点の精度の違いに外なりません。
つまり、
顕微鏡の視力精度なら全体観(全体の観点)が可能なのに、人間の視力精度なら部分観(部分の観点)しか可能でない結果なのです。
従って、
全体観(全体の観点)なら、内と外の違い(区分け)は生じません。
部分観(部分の観点)だから、内と外の違い(区分け)が生じるのです。
更に、
全体観(全体の観点)は全体感に外なりません。
何故なら、内と外の違い(区分け)がないから、「考えること(観)」がありません。
部分観(部分の観点)は部分観に外なりません。
何故なら、内と外の違い(区分け)があるから、「考えること(観)」があるのです。
全体感と部分観しかない所以です。
五感の精度の違いによって、部分観(自他の区分け)が生じるのです。
五感が完全(完璧)に機能したら全体感だけなのに、五感が不完全(中途半端)に機能すると部分観が生じるのです。
わたしたち人間だけが潜在能力を100%発揮できない不完全(中途半端)な五感動物のため、内と外の違い(区分け)による部分観が生じ、全体感という覚醒(悟り)ができないのです。