第四百三十五話 人間という低劣な生きもの

知性の進化が、「知る能力」の発達であったのです。
知性の退化が、「考える力」の発生であったのです。
言い換えれば、
「知る能力」が、知性の功的側面であったのです。
「知る能力」とは、気づき能力に外ならない。
「知る能力」とは、目覚め能力に外ならない。
知るということは能力ですから、すべての生きものに具わっているものであり、程度の差だけだから、発達度の問題が残るだけです。
一方、
「考える力」が、知性の罪的側面であったのです。
考えるということは力ですから、すべての生きものに具わっているわけではなく、持っているか持っていないかの二者択一の問題です。
従って、
わたしたち人間が、地球上の生きものの中で知性が一番発達しているのではなかったのです。
知性の罪的側面である、「考える力」を持つようになっただけのことです。
知性の功的側面である、「知る能力(気づき能力)」においては、最も劣っている生きものだったのです。
わたしたち人間だけが、潜在能力を100%発揮できないのは、「知る能力(気づき能力)」を100%発揮できないことに原因があるのです。
言い換えれば、
五感の発揮能力が、「知る能力(気づき能力)」に外ならないのです。
知性の進化が、「知る能力(気づき能力)」の発達。
知性の退化が、「考える力」の発生。
従って、
考えれば考えるほど、「知る能力(気づき能力)」は低下して、知性は退化していくのです。
言い換えれば、
『今、ここ』を逃して、過去・(現在)・未来に想いを馳せれば馳せるほど、「知る能力(気づき能力)」は低下して、知性は退化していくのです。
その結果、
わたしたち人間だけが、オス社会をつくったのです。
その結果、
わたしたち人間だけが、支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会をつくったのです。
その結果、
わたしたち人間だけが、宗教と科学をつくったのです。
その結果、
わたしたち人間だけが、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の人生を送る羽目に陥ったのです。
その結果、
わたしたち人間だけが、差別・不条理・戦争の社会をつくったのです。