第四百三十三話 「考える」=連想する

“人間は考える葦である”
だから、
わたしたち人間だけが、オス社会をつくった。
“人間は考える葦である”
だから、
わたしたち人間だけが、支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会をつくった。
“人間は考える葦である”
だから、
わたしたち人間だけが、宗教と科学をつくった。
“人間は考える葦である”
だから、
わたしたち人間だけが、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の人生を送る羽目に陥った。
“人間は考える葦である”
だから、
わたしたち人間だけが、差別・不条理・戦争の社会をつくった。
知性が“考える葦”の根源であるならば、知性など糞の役にも立たない代物です。
しかし、
自然社会、延いては、宇宙の進化過程を振り返ってみますと、「知る能力」としての知性は進化の最先端を切っていることは間違いありません。
従って、
知性の進化が、「知る能力」の発達であります。
知性の退化が、「考える力」の発生であります。
知ることは進化に外ならなかったが、考えることは退化に過ぎなかったのです。
“人間は考える葦である”
わたしたち人間は、「考える力」を持つ人間が知性の代表であると自負してきましたが、実はそうではなかったのです。
「考える力」こそ、元凶そのものだったのです。
何故なら、
過去・(現在)・未来に想いを馳せる「連想」こそ、「考える」ことに外ならないからです。