第四百十五話 (錯覚)人間=(どぶ)ねずみ

わたしたち(どぶねずみ)人間が生きていると錯覚している「二元論の世界」は、「実在の世界」と「映像の世界」の二元で構成されています。
言い換えれば。
「「在り方」の世界」と「「考え方」の世界」の二元です。
「実在の世界」=「「在り方」の世界」
「映像の世界」=「「考え方」の世界」
新田哲学が主張する宇宙の基になっている三の法則を思い出してください。
わたしたちが存在する137億光年の拡がりを持つ宇宙は、
(1) 二元論
(2) 全体と部分の相対性の法則
(3) 「在り方」と「考え方」
で成立しています。
わたしたち(どぶねずみ)人間は、確かに「映像の世界」=「「考え方」の世界」を生きていると錯覚していますが、実は「実在の世界」=「「在り方」の世界」で現に生きているのです。
そうでなければ、
わたしたち人間はどぶねずみといえども実在し得ません。
お釈迦さんが主張した、“人間はそもそも悟った存在である、ただ、忘れているだけだ”とは、わたしたち人間は「在り方」で生き、「考え方」で生きていると考えている生きものなのです。
言い換えれば、
わたしたち人間は考え違いをして生きている。
更に言い換えれば、
わたしたち人間は錯覚をして生きている。
新田哲学が、わたしたち人間を「どぶねずみ」と断罪する所以です。
地球上には数えきれないほどの生きものがいますが、「どぶねずみ」ほどわたしたち人間と相似した生きものはいません。
思考形態から行動形態までよく似ている。
医療界のみならず心理学の世界でも、人間の実験台用「モルモット」として「ぶたねずみ」を使用する理由は、ぶたねずみが人間の思考形態から行動形態までよく似ているからです。
錯覚して生きている、わたしたち人間は「暴走する」どぶねずみの特性を持っているのです。
一刻も早く、錯覚の世界から脱却しないと、わたしたち人間は暴走して、断崖絶壁から全員墜落するのです。

どぶネズミの暴走

いちばん うしろから ついていく どぶネズミが 前のに 訊ねた
一体どこに向かって走っているのだろう
前のどぶネズミは 前が 走っているから ただ ついて行くだけ と言った
だけど、気になるので その前の どぶネズミに 訊ねた
一体どこに向かって走っているのだろう
その前のどぶネズミも おなじ 返事をしたが 気になった
そして 前のどぶネズミに 訊ねた
一体どこに向かって走っているのだろう
とうとう 一番前のどぶネズミのところまできた
一体どこに向かって走っているのだろう
先頭を走るどぶネズミは だれにも 訊ねることができない
うしろからついてくるから ただ 走っているだけ と答えた
その答えが 一番うしろのどぶネズミに 伝わった
そりゃあー ないだろう と言った 途端
前の どぶネズミたちは 断崖から まっさかさま
ただ 一匹 そのどぶネズミは 呆然と立ちつくして
ああ 一番うしろでよかった