第四百七話 文明社会の結婚(2)

先進国、つまり、文明社会における結婚制度は、子孫保存(種の保存)意識よりも、共同生活意識や恋愛感情の方が圧倒的に強いものだった。
更に、
共同生活意識と恋愛感情が相俟った結婚制度は、共同生活意識が主体で、恋愛感情は副次的に過ぎないものだった。
つまり、
文明社会における結婚制度とは、文明社会が生活共同体を重視する社会だったことを示唆しているわけです。
では、
文明社会は何故生活共同体を重視するのでしょうか。
文明社会が「オス社会」に外ならないからです。
自然社会でのオスとメスの役割を思い出してみましょう。
オスの役割は、種の提供と、外敵からの防衛です。
メスの役割は、子供を産むことと、餌の調達です。
自然社会でのオスとメスの繋がり、つまり、結婚は一重に子孫保存(種の保存)本能に基づくものであり、自然社会が「メス社会」である所以がここにあります。
ところが、
自然社会での弱き生きものは、子孫保存(種の保存)も然る事ながら、外敵からの防衛意識も強いわけです。
肉食動物は単独生活をするのが圧倒的に多いのに、草食動物は共同生活するのが圧倒的に多い理由は、外敵からの防衛意識が強いからです。
つまり、
オスの役目が大きいわけです。
自然社会の中で最も弱き生きものだった人類が、外敵からの防衛意識が強烈なゆえに、共同生活をするのはある意味で必然だったわけです。
その結果、
人類は、四本足歩行から二本足歩行の生活スタイルに変化していったのです。
ところが、
二本足歩行の生活スタイルに移行していった本来の理由は外敵からの防衛であったのに、二本足歩行によって頭(脳)の位置が高くなった結果、大脳が発達するという偶然が生じた。
二本足歩行への移行は必然性からの産物だったのに、大脳の発達は偶然性からの産物だったのです。
新田哲学が、人類は万物の霊長などではないと主張する所以が、この偶然性から人類が地上最強の生きものになった点にあります。
人類が地上最強の生きものになったのは必然ではなく、偶然だったのです。
地上最弱の生きものから、地上最強の生きものになったきっかけが、外敵からの防衛にあったため、種の提供と外敵からの防衛の役割を持ったオスが生活共同体の主体になり、子供を産むことと餌の調達の役割を持ったメスが副次的になっていき、「オス社会」が誕生していったわけです。
つまり、
共同生活意識が強い結婚制度は、「オス社会」所以であったわけです。
つまり、
文明社会=オス社会の所以です。
古代、中世、近代、そして、現代と続いてきた文明社会が終焉を迎えているということは、「オス社会」が終焉するということに外ならないのであり、「オス社会」が終焉するということは、共同生活意識や恋愛感情が強い結婚制度が崩れていくのは必然なのです。
冷戦を演じたソ連やアメリカで離婚率が100%に近づいた理由は、文明が最も進んだ国であったからで、ソ連が消滅したのは、アメリカよりも文明が進んでいた、言い換えれば、錯覚がアメリカよりも高じていた結果だったのです。
従って、
アメリカが消滅するのは時間の問題であり、アメリカに追随している日本も遅かれ早かれ消滅するでしょう。
結局の処、
先進諸国、つまり、文明社会での結婚とは自己保身(防衛)策に過ぎなかったのです。
「オス社会」における結婚制度の正体がここに見えます。
支配(男性)と被支配(女性)の前提で、オスとメスは結婚をしていただけのことです。
“男と女が恋愛をして結婚をする”
これは妄想に過ぎなかったのです。
”男が女を支配するために結婚をする”
これが結婚制度の正体だったのです。
従って、
「メス(女性)社会」を中心にして、「宗教と科学を超えた価値観」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別制度を超えた価値観」と「悩みや四苦八苦、挙げ句の果ての、死の恐怖を超えた価値観」と「差別・不条理・戦争のない社会」を四辺にしたスクエアー(正方形)構造の新しい社会では、結婚制度は崩れます。