第三百話 “受け入れる人生”

わたしたち人間の一生、つまり、人生における四苦八苦は映像に過ぎなかった。
逆に言えば、
わたしたち人間の一生、つまり、人生とは映像だから四苦八苦がともなう。
どうしようもないもの、解決不可能なものを四苦八苦というわけで、どうにかできるもの、解決可能なものなら四苦八苦と言いません。
では、どうしようもないもの、解決不可能なものとは一体何でしょうか。
映像だから、どうしようもない。
映像だから、解決不可能なのです。
鑑賞者のあなたが、映画の中の出来事をどうしようもありません。
映画の中の出来事をどうにかできるのは、映画の監督だけです。
映画の中の出来事をどうにかしたいなら、映画の監督になって映写フィルムをどうにかするしかありません。
映写フィルムとは、実在する(現実の)『今、ここ』のスナップ写真です。
実在する(現実の)ものなら、どうにかなる所以です。
実在する(現実の)ものなら、解決可能である所以です。
(過去・未来の)映像はどうしようもありません。
(過去・未来の)映像は解決不可能なのです。
映画館で映画を観ている鑑賞者が、映画を自分の人生だと勘違いしている限り、どうしようもない、解決不可能な四苦八苦はつきまといます。
そして、
どうしようもない、解決不可能な四苦八苦を、どうにかしたい、解決したいという無理難題な想いが、差別・不条理・戦争を惹き起こすのです。
なぜなら、
差別行為は不可能な行為だからです。
差別・不条理・戦争は不可能な行為だからです。
従って、
差別・不条理・戦争の社会は必ず崩壊します。
いま、地球温暖化が問題になっていて、温室効果ガス削減がその解決方法だと言って、政治家たちが躍起になっていますが、そんな対症療法で解決できるわけがない。
差別・不条理・戦争を惹き起こす人間社会が崩壊する兆候が地球温暖化であるのですから、差別・不条理・戦争をなくする社会に変える以外その解決方法はないのです。
差別・不条理・戦争のない社会にするには、わたしたちひとり一人が映像の人生から、現実の人生に変えるしかありません。
つまり、
“・・・が好くて、・・・が悪い”という「好いとこ取りの・・・相対一元論」という分裂症の生き方から、“・・・も好くて、・・・も好い”という・・・二元論の本質を当たり前だと理解して、“・・・も受け入れ、・・・も受け入れる”生き方に変えるしか、その解決方法はないのです。
受け入れる人生。
それが鍵です。