第二百八十三話 般若心経と新田哲学

仏教は宗教ですが、釈迦の教えは宗教ではありません。
釈迦は、神の存在も、輪廻転生説も否定しています。
釈迦の教えのエッセンスと言われている「般若心経」は宗教の教義ではなく、まさに真理の一瞥を与えています。
その中で最も有名な文章が、「色即是空・空即是色」です。
色界=この世、空界=あの世
「この世」がそのまま「あの世」で、「あの世」がそのままで「この世」と言っているわけです。
つまり、
生きている世界が「この世」で、死後の世界が「あの世」などと勘違いするな、自己の捉え方(考え方)ひとつで、「この世」にもなるし、「あの世」にもなると言っているわけです。
「この世」(色界)と「あの世」(空界)は上下の別々の世界ではなく、「この世」(色界)=「映像の世界」=映画(動画面)、「あの世」(空界)=「実在の世界」=映写フィルム(静止画フィルム)であり、「あの世」(空界)=「実在の世界」=静止画フィルムあっての「この世」(色界)=「映像の世界」=映画(動画面)であることを、「色即是空・空即是色」と言っているわけです。
そして最後に、「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶、般若心経」、つまり、「超えよ、超えよ、色も空も超えよ、さすれば、理解の世界に到達することができる」と言っているわけです。
つまり、
「主観の世界」=「概念の世界」=「映像の世界」=「相対の世界」=「運動の世界」=「二元論の世界」=「円周の世界」=「生の世界」=「宗教の世界」=「科学の世界」=「神の世界」=「政治の世界」=「経済の世界」=「歴史の世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の世界」=「差別・不条理・戦争の世界」=「必然の世界」を超えて、
「主観・客観の世界」=「理解の世界」=「現実の世界」=「絶対・相対の世界」=「静止・運動の世界」=「三元論の世界」=「終点の世界」=「死の世界」=「宗教を超えた世界」=「科学を超えた世界」=「神を超えた世界」=「政治を超えた世界」=「経済を超えた世界」=「歴史を超えた世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖を超えた世界」=「差別・不条理・戦争を超えた世界」=「必然・偶然の世界」に到達することができると言っているわけです。