第二百八十一話 必然とは映像(幻想)

「映像の世界」は「必然の世界」です。
映画は過去の再生、夢も過去(記憶)の再生ですから「必然の世界」です。
しかし、「現実の世界」は「偶然・必然の世界」です。
過去・(現在)・未来に思いを馳せて生きている、わたしたち人間(どぶねずみ人間)は、どうしても「必然の世界」に生きたいのです。
何故なら、「偶然の世界」は不安で仕方ないからです。
自然社会は危険でいっぱいです。
しかし、知性を得た限り、「偶然の世界」に戻ることは不可能です。
従って、
「偶然・必然の世界」に進むしか道はありません。
「主観の世界」が「映像の世界」である所以です。
「概念の世界」が「映像の世界」である所以です。
「相対の世界」が「映像の世界」である所以です。
「運動の世界」が「映像の世界」である所以です。
「二元論の世界」が「映像の世界」である所以です。
「円周の世界」が「映像の世界」である所以です。
「生の世界」が「映像の世界」である所以です。
「宗教の世界」が「映像の世界」である所以です。
「科学の世界」が「映像の世界」である所以です。
「神の世界」が「映像の世界」である所以です。
「政治の世界」が「映像の世界」である所以です。
「経済の世界」が「映像の世界」である所以です。
「歴史の世界」が「映像の世界」である所以です。
「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の世界」が「映像の世界」である所以です。
「差別・不条理・戦争の世界」が「映像の世界」である所以です。
逆に言えば、
「映像の世界」を「現実の世界」と錯覚している限り、「主観の世界」=「概念の世界」=「映像の世界」=「相対の世界」=「運動の世界」=「二元論の世界」=「円周の世界」=「生の世界」=「宗教の世界」=「科学の世界」=「神の世界」=「政治の世界」=「経済の世界」=「歴史の世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の世界」=「差別・不条理・戦争の世界」=「必然の世界」から脱却することはできません。