第二百八十話 本当の自分とは

“心・魂・意識・精神・霊”といった“自分が・・・”と思う自我意識(エゴ)は、振り子のように、両極端を行き来します。
右端に辿り着いた途端に、左端に方向を変えます。
左端に辿り着いた途端に、右端に方向を変えます。
そして、振り子運動を永遠に繰り返そうとします。
永遠の振り子運動は、円回帰運動に外なりません。
振り子の振り巾が極致になると、円回帰運動になります。
つまり、
“心・魂・意識・精神・霊”といった“自分が・・・”と思う自我意識(エゴ)は、「運動の世界」でしか生きられないのです。
つまり、
“心・魂・意識・精神・霊”といった“自分が・・・”と思う自我意識(エゴ)は、「映像の世界」でしか生きられないのです。
白いスクリーンに映っている映画(動画面)は、映写室にある映写フィルム(静止画フィルム)がなければ映らないし、鑑賞者も存在し得ません。
つまり、
「静止の世界」がなければ、「運動の世界」も「静止・運動の世界」も存在し得ません。
つまり、
「始点の世界」がなければ、「円周の世界」も「終点の世界」も存在し得ません。
つまり、
「一元論の世界」がなければ、「二元論の世界」も「三元論の世界」も存在し得ません。
つまり、
「無限の世界」がなければ、「有限の世界」も「超の世界」も存在し得ません。
つまり、
「誰もいない世界」がなければ、「“心・魂・意識・精神・霊”といった“自分が・・・”と思う自我意識(エゴ)の世界」も「本当の自分の世界」も存在し得ません。
本当の自分とは、振り子が振り子運動を止めた時に現れます。
本当の自分とは、始点が円回帰運動を完結して終点になった時に現れます。
本当の自分とは、「静止の世界」から「運動の世界」を経由して「静止・運動の世界」に達した時に現れます。
本当の自分とは、「絶対の世界」から「相対の世界」を経由して「絶対・相対の世界」に達した時に現れます。
本当の自分とは、「観念の世界」から「概念の世界」を経由して「理解の世界」に達した時に現れます。
本当の自分とは、「偶然の世界」から「必然の世界」を経由して「偶然・必然の世界」に達した時に現れます。