第二百六十六話 死の意味

「死」が実在であって、「生」は「死」の不在概念に過ぎない。
つまり、
「生」とは、「死」を背負って生きることに外なりません。
だから、
「死」は突然襲って来るのです。
だから、
「死」とは、自我意識(エゴ)、つまり、ニセモノの自分の死に過ぎないのであって、本当の自分の死などありません。
なぜなら、
「死」とは、本当の自分に外ならないからです。
従って、
わたしたちひとり一人の死期は決まっています。
摂氏0度以下のHO という分子化合物は氷になる。
HO という分子化合物にとって、摂氏100度以上の水蒸気から摂氏100度と0度の間の水になるのが「誕生」の位相であって、摂氏100度と0度の間の水の状態が「生」の位相であって、摂氏100度と0度の間の水から摂氏0度以下の氷になるのが「死」の位相なのです。
つまり、
HO という分子化合物にとって、摂氏100度と0度の間の水が摂氏0度になった時が死期であって、摂氏5度や、摂氏20度で死ぬわけはないのです。
必ず、死期は摂氏0度と決まっているのです。
わたしたち人間には体温というものがあります。
HO という分子化合物の「生」の位相である摂氏100度〜0度が水温と言うのと同じです。
37度を中心(平均体温)として、35度〜40度が体温の範囲、つまり、「生」の位相の体温範囲であって、それ以下になっても、それ以上になっても、「生」の位相を維持することはできなくなります。
赤ん坊や子供の中心体温(平均体温)は大人よりも高い。
歳を重ねる毎に中心体温(平均体温)は低くなっていきます。
つまり、
わたしたちひとり一人の「死期」は、「死」の位相に変化する体温である35度であって、自分の死期は、自分の現在の中心体温(平均体温)が何度であるかで判明できるのです。