第二百五十九話 癌は映像

わたしたち人間は「運動の世界」に生きていますから、完全静止の状態はありません。
映画の世界を例にあげれば、
「映像の世界」は動画面(Animation or Motion Picture)の世界ですから、完全静止の状態はありません。
つまり、
「不増不減」の原則が完全に守られている状態などありません。
だから、甲→乙→丙→甲→乙→丙・・・を繰り返すわけです。
逆に言えば、
「不増不減」の原則が完全に守られた状態とは、「不増不減」の原則を超えた状態に外ならない。
甲→乙→丙→甲→乙→丙・・・の繰り返しが止まった状態に外ならない。
つまり、
「死の世界」=「静止の世界」に外ならないわけです。
つまり、
自我意識(エゴ)が完全になくなった状態に外なりません。
『今、ここ』を完全に生き切っている状態に外なりません。
つまり、
食べることを完全に超えた状態。
飲むことを完全に超えた状態。
寝ることを完全に超えた状態。
考えることを完全に超えた状態。
・・・・・・・・・を完全に超えた状態。
に外なりません。
では、生きながらにして、こういった状態になることは可能なのでしょうか。
もちろん、死ねば完全に超えた状態に誰でもなることは確かです。
嘗て、インドでヨガの行者が地中で50年間この超えた状態で生きていて、50年後に無事生還したという話がありますし、また、冬眠する動物もこの超えた状態の一種でしょうし、千日回峰行の最後の行である「堂入り」もこの超えた状態の一種でしょう。
生きながらにして、超えた状態になることは絶対不可能ではない証明があるわけです。
このことは何を意味しているのでしょうか。
「観念の世界」→「概念の世界」→「理解の世界」が可能である証明です。
言い換えれば、
「運動の世界」が「映像の世界」であり、「静止の世界」が「実在の世界」である証明です。
静止画フィルムが在って、動画面(Animation or Motion Picture)が映されて、鑑賞者が鑑賞する映画館が、すべての世界を表現している証明に外ならないのです。
自我意識(エゴ)を自分と錯覚しているのは、自分の周りに展開されている(映されている)「映像の世界」を「現実の世界」と錯覚している証明に外ならないのです。
わたしたち人間が本当の自分を発見できないのは、本当の自分は「映像の世界」にいるのではなく、「静止の世界」にいることを理解していないからです。
突き詰めれば、
自分と自分の周りに展開されている世界とを同じ世界と思っている限り、本当の自分を発見できることは不可能です。
諸行無常の世界で生きていると思い込んでいる限り、本当の自分を発見できることは不可能です。
だから、
“健康が好くて、病気が悪い”という錯覚に陥り、癌という病気が不治の病になるのです。
本当の自分は、病気など無縁なのです。
癌という病気は単なる映像に過ぎないのです。