第二百四十五話 「理解の世界」への第一歩

人類の数の異常発生により生じた地球環境問題は、地球上の全生命体絶滅の危機をもたらしていますが、解決策はわたしたち人間社会を「概念の世界」から脱却させて「理解の世界」に円回帰させるしかないのです。
地球の意識、つまり、新田哲学で言うところの、地球の「想い」の向上段階に入っていると言い換えてもいいでしょう。
地球上の全生命体とは、厳密に言えば、鉱物・植物・動物すべてのことであり、地球そのものであります。
従って、
地球上の全生命体絶滅の危機とは、地球自身の絶滅の危機と言い換えてもいいわけで、そうしますと、地球自身他人事ではありませんから、地球の「想い」が大きく動き出すのは当然です。
わたしたち人間が、自身の死に直面したら「想い」が大きく揺れるのと同じです。
その結果、先ず地球の「想い」が「死の理解」に至るわけです。
地球の一部であるわたしたち人間が、「理解の世界」に至るためには、地球自身が先ず「理解の世界」に至っていなければなりません。
「観念の世界」から「概念の世界」を経て「理解の世界」に至ることで円回帰運動は完結する。
そのためには、先ず「死の観念」から「死の概念」を経て「死の理解」に至らなければならないのです。
「観念の世界」→「概念の世界」→「理解の世界」の円回帰運動の基本が、「誕生」→「生」→「死」にあるからです。
そして、
「時間の観念」→「時間の概念」→「時間の理解」
「蓄積の観念」→「蓄積の概念」→「蓄積の理解」
「神の観念」→「神の概念」→「神の理解」へと進化していく。
そうしますと、
「生・死の観念」→「生・死の概念」→「生・死の理解」
「オス・メスの観念」→「オス・メスの概念」→「オス・メスの理解」
「善・悪の観念」→「善・悪の概念」→「善・悪の理解」
「強・弱の観念」→「強・弱の概念」→「強・弱の理解」
「賢・愚の観念」→「賢・愚の概念」→「賢・愚の理解」
「貧・富の観念」→「貧・富の概念」→「貧・富の理解」
「幸・不幸の観念」→「幸・不幸の概念」→「幸・不幸の理解」
「天国・地獄の観念」→「天国・地獄の概念」→「天国・地獄の理解」
「健康・病気の観念」→「健康・病気の概念」→「健康・病気の理解」
「支配・被支配の観念」→「支配・被支配の概念」→「支配・被支配の理解」
そして、
「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の観念」→「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の概念」→「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の理解」
「差別・不条理・戦争の観念」→「差別・不条理・戦争の概念」→「差別・不条理・戦争の理解」に至って、晴れて、「差別・不条理・戦争」のない社会が実現するのです。
マクロ宇宙からミクロ宇宙、そして、わたしたち人間の小宇宙に至るまで、すべては円回帰運動の三つの過程に外ならないのです。
先ずは、
「誕生」→「生」→「死」の円回帰運動における、「生・死(誕生)の観念」→「生・死(誕生)の概念」→「生・死(誕生)の理解」に至らなければなりません。