第二百二十二話 どぶねずみ化のバロメーター(7)

あなたは、「二元論の世界」に自己同化していませんか?
それなら、あなたはまさしく、どぶねずみ人間です。
「二元論の世界」とは、「“生が好くて、死が悪い”、“オスが好くて、メスが悪い”、“善が好くて、悪が悪い”、“強が好くて、弱が悪い”、“賢が好くて、愚が悪い”、“富が好くて、貧が悪い”、“幸福が好くて、不幸が悪い”、“天国が好くて、地獄が悪い”、“神が好くて、悪魔が悪い”、“健康が好くて、病気が悪い”、“支配者が好くて、被支配者が悪い”・・・“光が好くて、暗闇が悪い”と善悪の判断をする世界」のことです。
まさに、人類の祖先アダムとイブが、エデンの園、つまり、自然社会から追放される原因になった、“善悪”の判断をする禁断の実を食べて以来、わたしたち人間が陥った世界です。
旧約聖書の「創世記」を書いた人間は、自然社会では“善悪”の判断は一切されないことを知っており、善悪の判断をすることは罪であることも知っていたのです。
ところが、同じ旧約聖書の「出エジプト記」を書いた人間は、“汝、殺すなかれ、汝盗むなかれ・・・”と、”善悪”の判断をしろと戒めているのです。
これはどう考えても矛盾しています。
書いた人間が別人なのか。
それとも超越したのか。
いずれにせよ、爾来、わたしたち人間は、「“生が好くて、死が悪い”、“オスが好くて、メスが悪い”、“善が好くて、悪が悪い”、“強が好くて、弱が悪い”、“賢が好くて、愚が悪い”、“富が好くて、貧が悪い”、“幸福が好くて、不幸が悪い”、“天国が好くて、地獄が悪い”、“神が好くて、悪魔が悪い”、“健康が好くて、病気が悪い”、“支配者が好くて、被支配者が悪い”・・・“光が好くて、暗闇が悪い”と善悪の判断をする世界」で生きることになり、「オス社会」を頂点にして、「宗教と科学」と「支配・被支配二層構造と世襲・相続の差別社会」で底辺を構成するトライアングルが、人類に文明社会をもたらした結果、差別・不条理・戦争の無責任な「映像の世界」が映し出されたのです。
まさに、どぶねずみ人間の世界であります。