第二百十七話 どぶねずみ化のバロメーター(2)

わたしたち人間は、「概念の世界」、「映像の世界」、「相対の世界」、「運動の世界」、「二元論の世界」、「円周の世界」、「生の世界」を生きているから、悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の一生を送り、差別・不条理・戦争を繰り返しているのです。
「概念の世界」=「映像の世界」=「相対の世界」=「運動の世界」=「二元論の世界」=「円周の世界」=「生の世界」=「悩みや四苦八苦、挙句の果ての、死の恐怖の世界」=「差別・不条理・戦争の世界」というわけです。
「概念の世界」とは、「知性の世界」、つまり、「連想(空想・夢想)の世界」のことです。
「映像の世界」とは、「映画の世界」、「夢の世界」のことです。
「相対の世界」とは、「自他の区分けをする世界」、「自分と他人が同じ世界」のことです。
「運動の世界」とは、「目の前に見えている世界」、「被鑑賞者の世界」のことです。
「二元論の世界」とは、「“生が好くて、死が悪い”、“オスが好くて、メスが悪い”、“善が好くて、悪が悪い”、“強が好くて、弱が悪い”、“賢が好くて、愚が悪い”、“富が好くて、貧が悪い”、“幸福が好くて、不幸が悪い”、“天国が好くて、地獄が悪い”、“神が好くて、悪魔が悪い”、“健康が好くて、病気が悪い”、“支配者が好くて、被支配者が悪い”・・・“光が好くて、暗闇が悪い”と善悪の判断をする世界」のことです。
「円周の世界」とは、「不在概念の世界」、「好いとこ取りの世界」、「無いものねだりの世界」のことです。
「生の世界」とは、「自己不在の世界」、「映画の世界」、「夢の世界」のことです。
これらを一言で表現すれば、「錯覚の世界」のことです。
わたしたちひとり一人の人間は、これらの中のどれかに自己同化しながら、「錯覚の世界」を生きているのです。
自己同化が「錯覚」を「錯覚」と感じさせない原因です。
平たく言えば、
自覚症状の無い音痴の状態であるわけです。
わたしたち人間(どぶねずみ人間)とは、まさしく、自覚症状の無い音痴のことなのです。
あなたは、これらの中のどれかに自己同化していませんか?
それなら、あなたはまさしく、どぶねずみ人間です。