第二百十五話 超大戦争

わたしたち人間社会だけが、「概念の世界」ですから、差別・不条理・戦争があるのです。
他の生きものの自然社会は、「観念の世界」ですから、差別・不条理・戦争がありません。
従って、
わたしたち人間社会を差別・不条理・戦争のない社会にするためには、「理解の世界」にしなければなりません。
若し、出来なければ、地球上の全生命体は絶滅するでしょう。
今、地球上に起こっている地球温暖化といった環境問題は、差別・不条理・戦争の一環であることを見逃してはならない。
わたしたち人間は、第二次世界大戦及び冷戦の経験をするまでは、戦争を絶対に好くないものだと思っていませんでした。
第二次世界大戦の末期に原爆投下という人類最大の罪を冒した結果、わたしたち人間は、戦争というものが本質的に好くないものであることに気づいたのです。
実に愚かなことですが、それまでは、戦争を好くないものなどと人類は思っていなかったのです。
厳密に言えば、人類の中の支配者連中は、戦争を好くないものだと思っていなかったのです。
何故ならば、戦争をして、仮に敗戦しても、支配者連中には犠牲者が出なかったからです。
結局の処、戦争すれば、勝利者であっても、敗北者であっても、犠牲者は被支配者だけであったからです。
ところが、核戦争をしたら、被支配者だけではなく、支配者も巻き込む犠牲者が出ることに彼らは気づいたのです。
結果、大きな戦争は冷戦という新しい形態の戦争に変わって、被支配者の犠牲者しか出ない局地戦争だけになったわけです。
ベトナム戦争、アフガン戦争、湾岸戦争、イラク戦争・・・はすべて局地戦争で、犠牲者は、敵味方両方の被支配者連中だけです。
そして、二十一世紀に入って、テロが頻発し出したが、これも局地戦争に外なりません。
そして、更に悪い状態になりはじめた。
それが、地球温暖化といった環境問題です。
戦争なら、人間社会だけに止まりますが、人間社会だけに収まらず、自然社会(地球)問題にまで発展しはじめたのです。
これは、新しい形態の超大戦争に外ならないのです。
第一次、第二次世界大戦では、総計2億人の人間が犠牲になりましたが、所詮は、人間社会だけの問題でしたが、今度の超大戦争は、そんな規模ではありません。
もはや待ったなしです。
差別・不条理・戦争のない社会に逸早く移行しなければならない。
そのためには、わたしたち人間社会を「理解の世界」にしなければなりません。