第二百十三話 人生という円回帰運動

動いているものはすべて映像に過ぎない。
止まっているものが実在である。
従って、
動いているものである映像の世界と、止まっているものである実在の世界を網羅した世界が現実の世界である。
ところが、
わたしたちは、映像の世界だけを現実の世界と思い込んできました。
言い換えれば、
わたしたちは、『過去・現在・未来』に想いを馳せた映像の世界(妄想・空想の運動世界)を現実の世界と思い込んできたのです。
しかし、『過去・現在・未来』に想いを馳せた映像の世界(妄想・空想の運動世界)は、『今、ここ』という実在の世界(静止世界)あっての物だねであり、『今、ここ』なくして、『過去・現在・未来』などあり得ないのです。
従って、
『過去・現在・未来』という映像の世界(妄想・空想の運動世界)と、『今、ここ』という実在の世界(静止世界)を網羅した世界が現実の世界である。
言い換えれば、
わたしたちは、白いスクリーンに映った映画である映像の世界(妄想・空想の運動世界)を現実の世界と思い込んできました。
しかし、白いスクリーンに映った映画である映像の世界(妄想・空想の運動世界)は、静止画フィルムという実在の世界(静止世界)あっての物だねであり、静止画フィルムなくして、白いスクリーンに映った映画である映像の世界(妄想・空想の運動世界)などあり得ないのです。
従って、
白いスクリーンに映った映画である映像の世界(妄想・空想の運動世界)と、静止画フィルムという実在の世界(静止世界)を網羅した世界が現実の世界である。
つまり、
鑑賞者の席(観客席)を挟んで、映写室という実在の世界と白いスクリーンの映像の世界がある、映画館(劇場)全体が現実の世界なのである。
わたしたちひとり一人は、映画館(劇場)の一つしかない鑑賞席に座って、見たこともない映写室(実在の世界)から白いスクリーンに映し出された映画(映像の世界)を鑑賞している。
それが、わたしたちひとり一人の人生なのです。
映画を鑑賞するために、鑑賞席に座る。
それが、人生のはじまり(始点)、すなわち、誕生です。
映画を鑑賞する。
それが、人生(円周)、すなわち、生です。
映画が終了したら、鑑賞席を離れる。
それが、人生のおわり(終点)、すなわち、死です。
まさに、円回帰運動です。