第二百十話 円回帰運動の正体

円回帰運動について、もう少し詳しくお話してみましょう。
京都八坂神社で大晦日から元旦にかけて行う神事に「朮祭(おけらまつり)」というものがあります。
朮(おけら)というのは、キク科の多年草のことですが、鑚火(きりび)で朮(おけら)を交えたかがり火を焚き、参拝者はその火を火縄に移して持ち帰り雑煮を煮ます。
火縄の先についた火が消えないように、火縄をぐるぐる回しながら多くの人が歩いている夜景は、1200年の都を誇る京都だけに見られるものです。
あっちでもこっちでも、火縄の成す円が京の夜に映し出されます。
火縄の円は、まさしく、映像です。
実際は、火縄の先の一点だけなのですが、火縄をぐるぐる回すから、火の円が映し出されるのです。
円は映像であって、点が実在なのです。
点とは、始点=終点という実在する点のことです。
円とは、円周という映像のことです。
「今朝のお話」(二百三話)でお話したように、
わたしたちが一番わかっているようで、一番わかっていないのが、“心・魂・意識・精神・霊”の存在です。
“心・魂・意識・精神・霊”と称しているものは「連想」、つまり、「想い」の連なったものであり、点をぐるぐる回せば「連点」となり、それが「円」という映像を映し出すように、「想い」という点は実在ですが、「連想」という“心・魂・意識・精神・霊”は映像に過ぎないことを、「生=円周=二元論=運動=相対=映像=概念の世界」で生きている、わたしたち人間(どぶねずみ人間)は理解していないのです。
つまり、
円回帰運動とは、「実在の世界」とその映像である「映像の世界」を網羅している運動、つまり、「現実の世界」の運動なのです。
言い換えれば、
円回帰運動とは、「観念の世界」とその映像である「概念の世界」を網羅している運動、つまり、「理解の世界」の運動なのです。
円回帰運動とは、「絶対の世界」とその映像である「相対の世界」を網羅している運動、つまり、「絶対・相対の世界」の運動なのです。
円回帰運動とは、「静止の世界」とその映像である「運動の世界」を網羅している運動、つまり、「静止・運動の世界」の運動なのです。
円回帰運動とは、「一元論の世界」とその映像である「二元論の世界」を網羅している運動、つまり、「三元論の世界」の運動なのです。
円回帰運動とは、「始点の世界」とその映像である「円周の世界」を網羅している運動、つまり、「終点の世界」の運動なのです。
円回帰運動とは、「誕生の世界」とその映像である「生の世界」を網羅している運動、つまり、「死の世界」の運動なのです。
わたしたち人間といえども、存在している理由は、「実在の世界」、「現実の世界」あっての物だねであって、その過程として「映像の世界」があることを忘れてはなりません。
「映像の世界」だけを唯一の世界だと思い込んでいるのが、どぶねずみ人間なのです。