第九話 永遠の肉体(物質)

わたしたちの肉体を構成しているものは物質であり、その70%は水、つまり、H2Oです。
死ぬと斎場で死体は焼かれ、お骨だけが残り、肉体の70%を構成していた水、つまり、H2Oは蒸発して水蒸気となって、辺り一面の空気に混ざり、時には風になって、時には雲になって、時には雨になって、再び水になったり、雪になったりします。
残ったお骨の大半は、斎場の従業員によって何処かに捨てられ、つまり、母なる大地・地球に戻り、ほんの一部のお骨だけが、最終的には墓の中に埋葬されます。
そのほんの一部のお骨に対して、わたしたちは後生大事に手を合わせているのです。
しかし、亡くなった人間の肉体はすべて、実は大地に戻り、風になり、雲になり、やがて、再び、雨(水)になったり、雪(氷)になったりしながら、母なる大地・地球に戻るのですが、2個の水素と1個の酸素で構成されているH2Oという分子化合物の水分や、お骨や灰である鉄や珪素という元素としては何ら変化していません。
H2Oという分子化合物が、摂氏100を超えると水蒸気(気体)になり、摂氏100度と0度の間では水(液体)になり、摂氏0度以下では氷(固体)になるけれど、H2Oという構造は何も変化しないことを、物理学では相転移現象と言います。
わたしたち人間の肉体が死ぬということは、人間としての機能、つまり、心臓や脳といった内臓と、外皮である皮膚(五感)の機能が失くなるだけで、構成している基本物質は、減りもしないし、消えもしていないのです。
わたしたちが、「心」や「魂」や「霊」や「精神」と思っている(考えている)ものは、五感が機能することによって生まれた自我意識、つまり、『エゴ』ですから、五感である皮膚機能が失くなれば、「心」や「魂」や「霊」や「精神」も失くなるのは当然です。
それを、肉体は死んでも魂は永遠であると言う根拠は一体どこにあるのでしょうか。
誕生して、生きて、そして死ぬということは、H2Oという分子化合物が、水(液体)になったり、水蒸気(気体)になったり、氷(固体)になったりするようなものだけで、基は何も変わっていないのです。
人間の形をしている時の「心」や「魂」や「霊」や「精神」が、いちいち、そんな物質の中にある「心」や「魂」や「霊」や「精神」に引き継がれているとするなら、猿の形をしていた時の「心」や「魂」や「霊」や「精神」と、魚の形をしていた時の「心」や「魂」や「霊」や「精神」と、木の形をしていた時の「心」や「魂」や「霊」や「精神」と、石の形をしていた時の「心」や「魂」や「霊」や「精神」も同じように、そういった物質の「心」や「魂」や「霊」や「精神」に引き継がれているのですから、どうやって区別できるでしょうか。
死んでも魂は永遠であるとは、このややこしい区別ができているという意味なんですが・・・。