第八十七話 この世的成功を追いかける大人の人間

他の生き物や、子供の人間は悟っている(覚醒している)。
わたしたち大人の人間だけが悟っていない(覚醒していない)で眠っている。
しかも、眠っているのは意識だけであって、体は一生眠っていない。
言い換えれば、眠っているのは体の一部である五感という外皮だけであり、五臓六腑の内臓は一生眠っていない、つまり、覚醒している(悟っている)。
大人になるということは、『自分は・・・』と思う自我意識(エゴ)が生まれることであり、その前の子供の人間は、他の生き物と同じように覚醒している(悟っている)わけですから、『自分は・・・』と思う自我意識(エゴ)が覚醒(悟り)を奪い取る元凶であることは明白です。
『自分は・・・』と思う自我意識(エゴ)がまだ無い子供の頃の睡眠は完全熟睡のNON-REM睡眠をしている、つまり、五感(意識)が完全に眠っている状態です。
五感(意識)が完全に眠っている、つまり、完全に覚醒していないのに、どうして、覚醒している(悟っている)のでしょうか。
完全に覚醒している=完全に覚醒していない。
完全に眠っている=完全に眠っていない。
不完全(中途半端)に覚醒している=不完全(中途半端)に覚醒していない。
不完全(中途半端)に眠っている=不完全(中途半端)に眠っていない。
ここのところが極めて微妙ですから、よくよく脳みそに汗をかかしてください。
人生の妙がここに隠されています。
結局の処、
覚醒している(悟っている)とは完全なことを意味します。
覚醒していない(悟っていない)とは不完全、つまり、中途半端なことを意味します。
眠っているとは、意識(五感)だけが中途半端に覚醒していることを意味します。
完全か中途半端かの違いを示すバロメーターが時間です。
『自分は・・・』と思う自我意識(エゴ)がまだ無い子供の頃の睡眠は完全熟睡をしていて、眠りに就いた途端もう朝になって目が覚める。
つまり、時間の経過感覚(間覚)がない。
つまり、時間の観念すらないわけです。
つまり、『今、ここ』を生き切っている証明です。
『自分は・・・』と思う自我意識(エゴ)が時間の観念を持ち、更に、時間の概念を持っている。
時間の観念とは、時間の経過感覚(間覚=Feeling)のことです。
時間の概念とは、『過去・現在・未来』という「考え方(Idea)」のことです。
『今、ここ』にいると、時間の概念どころか、時間の観念すらないわけです。
それを完全と言い、覚醒(悟り)と言うのです。
『過去・現在・未来』に思いを馳せると、時間の観念を持つ結果、時間の概念を持つようになるのです。
それを不完全(中途半端)と言い、眠っている(迷っている)と言うのです。
生まれた時は完全であったのに、『自分は・・・』と思う自我意識(エゴ)を持つようになって不完全(中途半端)になったのです。
それがこの世的成功を追いかける、知性ある大人の人間の実相です。